ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

村上龍『半島を出よ』

半島を出よ (下)
上巻は4月に目を通したのに、下巻に手をつけ読み終えたのはつい最近。ほかに読まねばならぬものが出てきたり、外的要因で中断した面もあるが、なんだか一気に読めなかったのである。というか、一気に読まなくてもいいと思ったのだ。
この小説は、(侵略者に対する反撃だけど)テロ行為をクライマックスとする点で、龍の初期傑作『コインロッカー・ベイビーズISBN:4061831585。でも、『コインロッカー』がキクとハシという二大主人公の成長記だったのに比べ、『半島を出よ』は群像劇。北朝鮮から自称・反乱軍がやってきて福岡を封鎖し、政府が日本から九州を隔離せざるをえないような状況になる――という設定がまずある。そのうえで、それぞれの立場の人間のそれぞれの動きがそれぞれの章で描かれていく――そんな構成なのである。
一応、アウトサイダー的な少年集団が“ヒーロー”的な役回りになるものの、キクやハシみたいに最初から最後までグイグイ読者を引っ張る中心的キャラクターはいない。少ない場面にしか登場しないキャラクターも多い。北朝鮮から軍隊がやってくるという初期設定から分岐する複数の可能性を、時系列に整理して章ごとに割り振り見せていく――という印象に近い。
(初期設定に関しては、ネタ元があることも指摘されてるが)情報量による威嚇&小説家としての筆力から生じる各章の迫真性は、確かにある。この点は近未来シミュレーションとしては、情報が散乱するばかりで小説に成りきれなかった『愛と幻想のファシズムISBN:4061847392い。
けれど僕は、『半島を出よ』に大長編らしい大きなグルーヴは感じなかった。個人的にはなんだか、連作の読み心地に近いと思った。だから、適当な区切りで中断してもいいや、と……。
近未来における国家の危機的状況を、日本の政策、諸外国の対応、経済、分野ごとの技術水準、庶民感情など、膨大な情報のシミュレーションによって描いたことから、『半島を出よ』を小松左京の『日本沈没ISBN:4334720439多い。
そして、長編をつらぬく一本のグルーヴよりも、場面ごとの迫真性に傾注した構成の群像劇である点でも『日本沈没』と共通する。
さらに、根本的なテーマも両作は共通している。龍には、内気なぬるま湯に浸る“日本”を外気にさらしてやるというテーマが一貫してある。子供たちが日本とは別に独自に行動し、経済活動などで諸外国とやりあう『希望の国エクソダス』(エクソダス=脱出)ISBN:4167190052
これに対し、『半島を出よ』というタイトルは、もちろん朝鮮半島からの自称・反乱軍の出発を意味するが、この設定に伴い、日本人は日本列島内において直接外国の脅威にさらされるはめになる。つまり、意識のうえで「日本を出よ」「外部にさらされろ」と訴える小説なのだ。
一方、『日本沈没』について小松左京はこう語っていたではないか。創作の最初の動機は日本を沈めることではなく、祖国を失った日本人が外国の土地でどのように生きていくのか書きたかったのだ、と。
小松左京村上龍の『五分後の世界ISBN:4877284443、日本が先の大戦において無条件降伏しなかったらどうなっていたかをテーマにした「地には平和を」ISBN: 4797490721でデビューしていた。
こうしてみると、気がつけば村上龍は、情報量を誇る文化人作家としての立ち居振る舞いでもテーマ性でも、小松左京の後継者になっている。


ところで、村上龍は『共生虫』ISBN:4062736969る通り、ある種の外部性、超越性の象徴として、虫のイメージをよく持ち出す。『半島を出よ』のカバーは、福岡の航空写真(世界視線!)の上をカエルが這っているというもの(=鈴木成一デザイン室)。今回の装丁は珍しく龍のアイデアではなかったというが、このカエルも龍の“虫”の系譜にあるととらえることが可能だ。
作中では、少年に飼われるカエルや虫が重要な位置にある。虫たちは、アウトサイダーである少年たちの日本に対する外部性を象徴するとともに、北朝鮮による占領軍に対する外部性をも意味する。
そして、龍のデビュー作『限りなく透明に近いブルーISBN:4061315315、こう書き出されていた。

飛行機の音ではなかった。耳の後ろ側を飛んでいた虫の羽音だった。

基地の町を舞台とするこの小説を読み終えてめくり返せば、この冒頭の「虫」に近いものとしてイメージされている「飛行機」とは、米軍という外部性を表していたと思われてくる。
鈴木成一がどこまで意図していたかわからないが、『半島を出よ』のカバーデザインは、こうした龍のデビュー作以来の一貫した関心のありようをスパッと要約したものになっている。批評的で優れたデザインだと思う。カエルのテラテラした気色悪い肌の質感もよく表現されてるし(笑)。