ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

建築夜楽校第2夜とpingpongプロジェクト

今月は、物理的なアーキテクチャとウェブのアーキテクチャ、建築・デザインと集合知の関係をテーマにしたトーク・イベントを2つ見た。


○建築夜楽校2009 テーマ:データ、プロセス、ローカリティ――設計プロセスから地域のアイデンティティを考える
10月8日 第2夜:「プロセスとローカリティの関係について考える」
パネリスト:五十嵐淳五十嵐淳建築設計・北海道)、家成俊勝(dot architects・大阪)、井手健一郎(rhythmdesign・福岡)、コメンテータ:古谷誠章早稲田大学・NASCA)、鈴木謙介関西学院大学
モデレータ:藤村龍至藤村龍至建築設計事務所・建築文化事業委員)、濱野智史(日本技芸
http://www.round-about.org/2009/10/81.html


○pingpong×DESIGNTIDE協力企画 pingpong map_DESIGNTIDE「つぎはDESIGNTIDEをうごかします!」
トークセッション
「デザイン×情報工学の創造力」
日時:2009年10月30日(金)19:00 - 21:00 ※18:45
ゲスト:濱野智史(日本技芸リサーチャー)
スピーカー:岡瑞起(東京大学知の構造化センター特任研究員,pingpongプロジェクトマネージャー)、李明喜(デザインチームmatt主宰,pingpongディレクター)
http://www.pingpong.ne.jp/blog/2009/10/pingpongdesigntide.html



僕は建築やデザインの専門家ではないし、街並みや空間に興味を持っている一住民がライターをやっているという立場だ。その立場から素朴なリアクションを書きとめておきたい。
2つのトークセッションを聞きながら僕が思い浮かべていたのは、某マンションの掲示板のこと。それについては以前、書いたことがある。
(関連雑記http://d.hatena.ne.jp/ending/20050426#p1
物理的なマンションと同時に、ネット上にマンション住人のコミュニティも出現したわけである。このような例は今では珍しくない。それらでは、マンション自体、あるいは周囲の街並みに関する意見が飛び交っているし、「あの商業施設の壁の蛍光色がうるさい。店名のロゴも大きすぎて目障りだ。変えさせろ」という類のデザインに関する発言も出てくる(荒れているマンション掲示板の場合、正規の管理組合や自治会への批判、誹謗中傷まで繰り広げられ、まるでマンション裏サイトの状態。ここらへん、新書本のネタにいいかも)。
一方、僕の住んでいる浦安市では今年、景観法に基づく景観計画が策定された。このように、特定地域の建物に使える色彩の種類を制限するなど、街並みの“ルックス”に一定の枠をはめよう、はめたいという傾向は、全国的にも自治体、住民ベースで広まっているのではないか。


建築夜楽校で藤村龍至は、「オーセンティックなローカリティが成立しない状況=郊外化した社会的コンテクスト」を前提に議論を始めていた。代わりに今あるのが、マンション掲示板や、穏当な(横並びにも近い)景観を求める意識などに表れた住民レベルのローカリティだと思う。そうしたものが、地域住民レベルのコンテクストとなっているし、そこから外れたデザインの場合、楳図かずおの「まことちゃんハウス」訴訟みたいな騒ぎになる。
藤村は建築夜楽校終了後、ブログにこう書いていた。

ローカリティとは、コミュニケーションのプロセスとともに立ち上がるものであって、あらかじめそこにあるものではない。

つまり、ローカリティとは、あらかじめ目に見えているものというよりも、コミュニケーションを発生させることで初めて見えるものであり、ラディカルに言えば、ローカリティとは、設計作業のプロセスを発生させることで生成可能なものだともいえる。

こう語る藤村が、利害関係者である住民たちの意識をいかにプロセスと関係づけていくのか――ということに僕は興味がある。


また、マンション掲示板の荒れやすさを考えると、李明喜らの取り組んでいるpingpongプロジェクトはとても興味深い。
ツイッターのデータを用いた行為の自動抽出エンジン(pingpong engine)によって、行為を動的な地図として可視化する(pingpong map)。個人の表現としてではなく、そうしたデータをもとにデザインをするのが「後期デザイン」だとするのが李の主張であり、デザイナー不要論に対する回答でもある。
先に触れた景観重視の傾向などは、地域の建築デザイン全体に枠をはめてしまえばいいという発想において、デザイナー不要論の側面がある。だが、そのためには自治体、住民たちで景観に関して意志を統一する必要があるわけで、そこに集合知の問題がからんでくる。しかし、先のマンション掲示板のようにウェブで下手に議論を始めると炎上してしまう。その点、ウェブを討議の場として使うよりも、ツイッターを通して各人の行為を抽出し、最適化した状態を探すというのは面白い方法だと思う。
また、穏当な(横並びに近い)景観を一般的な住民が好むといっても、完全に均質化された状態を望んでいるわけでもあるまい。それでも人は、何がしかの(秩序を乱さない)個性を求める。そこに、ウェブ的集合知だけでなく、「後期デザイン」の関わる必要性もあるだろう。
Pingpongプロジェクトは始まったばかりで現実的応用はまだ先のようだが、今後、どのようなヴィジョンが描かれるのか期待している。