ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

柴那典『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』

初音ミクはなぜ世界を変えたのか?
柴那典『初音ミクはなせ世界を変えたのか?』については、この鼎談 http://realsound.jp/2014/05/post-558.html に出席したほか、共同通信に書評を執筆した。短いものだが、順次、地方の新聞に掲載されるはず。


同書をめぐって、スペースなどの都合で上記の鼎談や書評で触れられなかった点を雑記しておく。

Jポップの浮世絵化とスーパーフラット

柴は、最近のJポップは情報量が多くなり、高速化していると述べ、その「精巧で、細密で、手数が多くて、日本独自の進化を遂げた音楽」を「Jポップの浮世絵化」と論じている。
この論点は、浮世絵からマンガ、アニメへと至る日本での平面表現の特異な発達ぶりを「スーパーフラット」のコンセプトでとらえた現代美術家村上隆の発想とつなげることができるのではないか。村上は、自らが監督した映画『めめめのくらげ』でlivetune feat. 初音ミク“LastNight,Good Night(Re:Daialed)”を主題歌にするなど、初音ミクとのコラボも行っている。
http://kai-you.net/article/5270

スーパーフラット

スーパーフラット

漁港のスピーカーと浮世絵化

漁港の音が割れるスピーカーでも楽しめるのが「タフなエンタテインメント」だと秋元康は発言していた。
http://48love.wordpress.com/2012/01/22/akimoto_yasushi_goto_masafumi_our_music/
柴はこれまで、AKB48の娯楽性を語る際、この発言に何度か言及してきたと記憶する。
漁港のスピーカーの音の解像度を考えた場合、浮世絵化した曲の「精巧で、細密で、手数が多くて」な細部までは再現できない。漁港のスピーカーで伝わるのは、とりあえず主旋律とテンポだろう。
したがって、現在のJポップのエンタテインメント性は、漁港のスピーカーと「浮世絵化」の間で展開されていると考えられる。

サード・サマー・オブ・ラブとニュー・レイヴ

柴がサード・サマー・オブ・ラブの始まりとした2007年頃には、イギリスなどでニュー・レイヴのブームがあった。ロボ声人気の点で初音ミクと同時代的現象だったPerfumeが初出演した2008年のサマーソニックには、ジャスティス、ハドーケン!などニュー・レイヴ組が多く来日していた。
このニュー・レイヴは、セカンド・サマー・オブ・ラブの夢再び――的な語られかたもされたし、なかには「サード・サマー・オブ・ラブ」という言葉を使った人もいた。しかし、それは文化現象にまでならず、一過性の流行で終わった。
柴の語る初音ミク×ニコニコ動画的なサード・サマー・オブ・ラブとニュー・レイヴを対比することで、日本の音楽状況を考察することも可能かもしれない。例えば、ダフト・パンク以後のロボ声使った/打ち込み系の音楽にみられた日本と海外の差とか。
love the world(初回限定盤)(DVD付)Justice

初音ミクやくしまるえつこ

初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』では渋谷慶一郎について、パートナーの死によって生まれた『ATAK015 for maria』から、死をテーマにしたボーカロイドオペラ『THE END』へという時系列が語られる。この間にはワンクッションあったと指摘できる。
渋谷は『for maria』の曲を用いた相対性理論とのコラボ『アワーミュージック』を発表していた。渋谷は「ユリイカ」2011年11月号のやくしまるえつこ特集に寄せた談話で、歌い上げるディーヴァ系に興味がないという一方、相対性理論の「やくしまるさんの声は僕にとってはVOCALOIDに近くて、彼女のいいところとか個性をどう出そうかとか考えなくても勝手に発揮してくれる」と語っていた。彼女と共演後、渋谷は初音ミクとコラボしたのだ。
相対性理論初の音源発売も2007年だったし、やくしまるの声に対する一頃の注目とミク人気の高まりには同時代性があった。

アワー ミュージック

アワー ミュージック

(まさか、やくしまるえつこ初音ミクの次に中山美穂とのデート騒動とは思わなかったが……)

ボーカロイドと“デイジー・ベル”

スタンリー・キューブリック監督のSF映画の古典『二〇〇一年宇宙の旅』(1968年)では、人工知能を備えたコンピュータHAL9000が“デイジー・ベル”を歌う。これは、1961年、ベル研究所にて世界で初めてコンピュータが歌ったのが同曲だったことに由来する設定であった。柴は、この“デイジー・ベル”にボーカロイドのルーツを見出す(その後、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』ではシンセサイザー楽家のウォルター・カルロス〔性転換後はウェンディ・カルロス〕と冨田勲に触れた項目へと続く。ここでは『2001年』の次のキューブリック映画『時計じかけのオレンジ』でカルロスのシンセサイザー音楽が使われていたことを付記しておきたい)。
ボーカロイドと“デイジー・ベル”の関係性については、他にも意識していた人がいる。菊地成孔だ。彼はジャズの名門レーベル、インパルスから発表したDCPRG『SECOND REPORT FROM IRON MOUNTAIN USA』の“キャッチ22”において、大谷能生、そしてボーカロイド兎眠りおんと一緒にラップしていた。兎眠りおんのラップした言葉(作詞は大谷能生菊地成孔)には、こんなフレーズがあった。

最初に歌った歌は「デイジーデイジー
そしてボーマンにロボトミーロボット・ミー

http://www.kget.jp/lyric/169597/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%83%E3%83%8122+feat.JAZZ+DOMMUNISTERS+%26+%E5%85%8E%E7%9C%A0%E3%82%8A%E3%81%8A%E3%82%93_DCPRG,+JAZZ+DOMMUNISTERS,+%E5%85%8E%E7%9C%A0%E3%82%8A%E3%81%8A%E3%82%93

「 」内は“デイジー・ベル”の一節であり、ボーマンとは『2001年』の宇宙船船長の名前である。

SECOND REPORT FROM IRON MOUNTAIN USA

SECOND REPORT FROM IRON MOUNTAIN USA