ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

桐野夏生『冒険の国』

冒険の国 (新潮文庫)

冒険の国 (新潮文庫)

桐野夏生が1988年にすばる文学賞に応募し、最終候補に残ったものの受賞に至らなかった作品を加筆・修正し、2005年に発表したもの。デビュー以前の若書きのお色直しである。
東京ディズニーランドのシンデレラ城が見える、新しいマンションの11階に住む三十歳過ぎの独身女性・美浜が主人公。彼女は、同じく独身の姉、父母とともに住んでいる。時代は80年代後半のバブル前夜。ディズニーの近くの話だから、場所は浦安(の新浦安)である。東京ディズニーシーはまだ存在せず、JR京葉線開通の直前の時期だ。
美浜の父は、漁業権を放棄した後、喫茶店を開いたが失敗し、今では主夫をやっている。その間にこの街では、海が埋め立てられ、ディズニーランドが建設された。旧市街から新しい街のマンションに移り住んだ一家は、女たちの働きで支えられている。
母は旧市街地の魚市場へ、美浜も旧市街の事務所へ勤め、姉は都内の区役所に通う。
このマンションの住人は、川の向こうからやって来た幼い子どものいる若夫婦が大半であり、夫たちの大部分は川を越えた東京方面に通勤している。
そんなマンションのなかで、元漁師が主夫をしている家族は異質だ。また、美浜は、埋立地の地名でもあるが、その名前をつけられたヒロインは、一度故郷から離れたものの結局家族のもとへ戻り、新しい街から旧市街へ通う生活をしている。“過去”という引力圏につながれているような家族の停滞感や鬱屈、美浜が引き摺っている自殺した幼なじみの記憶などが、周囲の新しさとの対比で描かれる。
この小説で、ディズニーランドの園内が直接登場することはない。だが、マンション内のクレームの投書にミッキーマウスのメモ用紙が使われるほか、ディズニーランドで着ぐるみに入る仕事をしているマンション住人が登場する。
幸福のイメージや新しさの象徴として、ディズニーが点描される。
ディズニーの隣の風景: オンステージ化する日本』の観点から読んでも興味深い小説だ。
作中には、ディズニーランドのフェンスを見て「まるで横田基地みたいだね」と感想をもらすエピソードがある。基地の閉鎖性、他を寄せつけないかまえを、あのテーマパークのありかたと重ねあわせている。それは、同時に美浜たち家族が、新しい街や“今”と親和できないこと、はじかれていることの暗喩でもある。
夢と魔法の王国と呼ばれるディズニーランドには、ウエスタンランドファンタジーランドトゥモローランドなどのゾーンとともにアドベンチャーランドというゾーンがある。『冒険の国』という本書の題は、そのテーマパークの近くに住む一家の“冒険=アドベンチャー”のない生活に対するアイロニーだ。


人々の不幸(些細なものから深刻なものまで)を、ディズニーのあまりにも明るい虚構の“ハッピー”と対比しつつ際立たせる物語は、しばしば作られてきた。そして、ディズニーと接する街の家族の不幸を書いた『冒険の国』に対し、ゲリラ撮影によりディズニーランドのなかで家族の不幸を語ったのが映画『エスケイプ・フロム・トゥモロー』なのだった。


ちなみに、ディズニーの“ハッピー”を後景に点描しつつ、人々の不幸を描いた女性作家の一人として、宮部みゆきがあげられる。かつて、e-NOVELSに書いたその原稿をnoteにアップした。↓