『戦後サブカル年代記 日本人が愛した「終末」と再生」』目次

戦後サブカル年代記 日本人が愛した「終末」と「再生」
THE POST WAR DREAM & YOUR POSSIBLE PASTS



序章 一九四五年以後 終末から再生へ

一 聖火と原爆一九六四年東京オリンピック
原子力的な日光と『ゴジラ
終わらない「戦後」
おかざりの兵隊


二 「風」のクロニクル
斉藤和義いきものがかり、AKB48
「風」と個人



第一章 一九七〇年代 終末カルチャーの成立

一 終末論ブーム到来
ノストラダムスの大予言
危機の時代
日本沈没』と大阪万博と未来
終末論と科学の距離
母なる日本、希望としての赤子
日本列島改造論』と田中角栄
石原慎太郎「院内」の異様さ


二 敗戦国の「母」と「子」
母の崩壊という江藤淳のテーマ
「戦争を/戦争しか知らない子供たち」
宇宙からの視点
『洪水はわが魂に及び』
はだしのゲン』と『漂流教室
子どもが「治者」になる
宇宙戦艦ヤマト』の浮上
敗戦の構図を裏返す
三 核と公害に覆われた世界
核対公害の『ゴジラ対ヘドラ
苦海浄土』が描く地方の苦悩
合成洗剤の毒性強調した『複合汚染』
公害と戦争の連続性
官僚視点の『油断!』
原発をめぐるエンタテインメントと本音
太陽を盗んだ男』の空虚な「私」
「十九歳の地図」の爆破予告



第二章 一九八〇年代 プレイグラウンドとしての廃墟

一 都市と身体のスクラップ&ビルド
つくば科学万博と東京ディズニーランド
廃墟としての都市
母性的ディストピアでの逃走
ブレードランナー』の未来
AKIRA』の少年と動的な力
地方独立を図る『吉里吉里人』
風の谷のナウシカ』の少女と生態系
身体のスクラップとしてのホラー


二 強い「治者」と「私」
ダイ・イン、文学者の反核声明
反核サブカルチャー
日本の原発事故を予言した『危険な話』
中曽根「不沈空母」発言
世界にNOという『沈黙の艦隊
個人のヴィジョンとしての戦争、破滅
村上春樹新井素子の「私」
昭和の終わり



第三章 一九九〇年代 安全神話の崩壊

一 バブル敗戦の廃墟
幻の都市博
「デカイ一発」はこない
阪神・淡路大震災
オウム事件と「私」探し
雑多な終末カルチャーの濃縮
藤原新也の麻原水俣病
「終わりなき日常」
エヴァンゲリオン』の父と母
どの「世界」が終わるのか


二 「新しい歴史」への欲求
湾岸戦争での「文学者の反戦声明」
悪魔の詩』とコーランのリミックス
「終わり」のインフレ
「あいまいな日本の私」
五五年体制の崩壊以後
「新しい歴史」と『戦争論
買ってはいけない』が再生産した過去
環境ホルモンと二〇〇〇年問題



第四章 二〇〇〇年代 聖域なき新しい戦争

一 9・11以後と復興願望
9・11の衝撃とアラブの終末論
自民党政府のトラウマ
小泉純一郎というキャラクター商品
「新しい戦争」と監視社会化
海の向こうの戦争と本土決戦の幻
虐殺器官』のフィルタリング
検索から逃れる「死」
地域活性化としての戦争
バブル敗戦からの復興を夢みて


二 バトルロワイヤルなセカイ
村上隆の「リトルボーイ」展
広島の空に「ピカッ」
オタク・カルチャーと現実・歴史
セカイ系とバトルロワイヤル
「私」探しと自己責任論
「希望は、戦争。」、秋葉原事件、『俺俺』
1Q84』における共同体の変質
20世紀少年』の「ともだち」
日本沈没』再び
不都合な真実』とありえた別の過去



第五章 二〇一〇年代 再び、終末から再生へ

一 3・11からの戦後史リメイク
東日本大震災福島原発事故
原発推進派・反対派がとりあう「美しい日本」
更新された「明日の神話
佐村河内守ヒロシマとフクシマ
原発で人は猿になるのか
災害ユートピア福島第一原発観光地化計画
「災後」が過ぎ、「戦後」に揺り戻す
ゴジラ再びと歴史のリメイク


二 終末と再生の壁のなか集団の足音
社会の災害化、消滅可能性都市
3・11後とシンクロした『進撃の巨人
村上春樹の壁と卵
SEKAI NO OWARIのファンタジー
美しい国へ』再チャレンジ
「僕たちは、戦争を知らなくていい」
右傾エンタメと呼ばれた『永遠の0
神風不在の『風立ちぬ
終末と再生のループ
二〇二〇年東京オリンピック




主要参考文献
あとがき
関連年表
索引



  • 最近の自分の仕事
    • 新刊めったくたガイド(とりあげたのは深水黎一郎『ミステリー・アリーナ』、円居挽キングレオの冒険』、法月綸太郎『怪盗グリフィン対ラトウィッジ機関』、小川一水『美森まんじゃしろのサオリさん』、小野寺史宜『その愛の程度』) → 「本の雑誌」9月号
    • 白河三兎『ふたえ』、一田和樹・遊井かなめ・七瀬晶藤田直哉・千澤のり子『サイバーミステリ宣言!』の書評 → 「小説宝石」9月号
    • 「乱歩歌舞伎 感想」 → 「CRITICA」vol.10