早野透『政治家の本棚』の河村たかしインタビュー

 

政治家の本棚

政治家の本棚

 

 

 早野透『政治家の本棚』(2002年)所収の河村たかしインタビューを読むと、先祖は中級の武士で「書物奉行をやっておったけどね」とのこと。

文会書庫という額が焼け残って、名古屋の鶴舞図書館に置いてあります。昔の役人は自分たちで本をしまい込んで、閉鎖的なものだったらしい。しかるにうちの先祖様は、みんなに来てくれやと。それで、文会ですね。図書館の草分け、一号でね。 

――と語っていた。

 一方、彼の実家は、河村商事という古紙卸売問屋を営む名古屋の中小企業。本との出会いを聞かれて、

 一冊一冊よりも一トン幾ら、そういう話なわけですよ。

 その後、河村は一橋大へ行き、政治家となったのだった。愛読した小説としては、水上勉越前竹人形』、芥川龍之介奉教人の死』などをあげている。

 今、これらかつての発言を読むと、じわじわくるものがある。河村は、あいちトリエンナーレをめぐり、“文化”や“公共”への無理解を示した。彼は、慰安婦像や天皇の肖像をめぐるアートに関し、「日本人の心を踏みにじるもの」と断じ批判した。

 だが、過去の発言を読み直すと、主義主張以前に、“文化”に対する、ねじれた心情があるように思うのだ。憧れがある一方、いずれ量り売りされるモノにすぎないという侮りがあるのではないか。それは、一種の現実主義でもある。

 例えば、リサイクルとは使用済み製品を再利用することだが、既製品を素材として用いて再創造することは現代美術ではありふれた手法だ。前者は社会的要請だが、後者は個人の営為(その差異に、河村がふりかざすような公金投入の是非の論理も入りこむ)。リサイクル業者と現代美術家は、互いの行為の意味を真に理解しあえるか。

 1990年代に紙パルプ業界誌の記者として東京の古紙問屋も取材していた私としては、こうも考える。「インテリが作ってヤクザが売る新聞」という言葉は昔からあるけれど、読み捨てられた新聞を回収する役割もある。90年代以降はリサイクルが法的に国の環境政策として位置づけられたが、それ以前は古紙や廃品の回収は他の職につけない人々の受け皿というイメージも強かった。一段下にみられがちな職種だった。

 でも、“文化”の側にどっぷり浸っている人々は、本を「一冊一冊」としか考えず、「一トン幾ら」の領域の重要性を意識しないか、ただ忌避、軽蔑しがち。両者の感覚には、大きな溝がある。