ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

これまでnoteにアップした過去原稿一覧

以下の文章はここで読めます。

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音楽×本

テーマ曲はティナ・ターナー――朝倉かすみ『ロコモーション』

歯列矯正器のエモ少女――津村記久子『ミュージック・ブレス・ユー!!』

村上龍とドアーズ、そしてヴェルヴェット・アンダーグラウンド

ブライアン・ウィルソン村上春樹――ジム・フジーリ『ペット・サウンズ』

文化接触と日本洋楽――『大衆音楽史』『「at 武道館」を作った男』

跳ねるギター少女――誉田哲也『ガール・ミーツ・ガール』

巨匠とマルガリータ』と〈悪魔を憐れむ歌〉――ブルガーコフストーンズ

神さま、そしてカカシ――伊坂幸太郎ボブ・ディラン

バンド・ブームとバブルの幻――競作小説(嶽本野ばら角田光代唯野未歩子井上荒野江國香織)『JOY!』

80年代という分岐点――『ストリートという思想』『現代思想 総特集マイケル・ジャクソン

トーキー映画、MTV――菊地成孔大谷能生『アフロ・ディズニー』

ストーンズとテロの物語――笠井潔村上龍長谷川和彦、F・F・コッポラ

ストロークスの古さと新しさ――阿部真大『世界はロックでできている』

パンクする乙女のカリスマ――嶽本野ばら『ROCK’N’ROLL SWINDLE』

主婦がディープ・パープル――五十嵐貴久『1995年のスモーク・オン・ザ・ウォーター』

エアロスミスのつれない対応――道尾秀介『ラットマン』

セックス・ピストルズと同年に――山口雅也キッド・ピストルズの最低の帰還』

彼らは日本を救うのか――『ヤンキー文化論序説』『ヤンキー進化論』

伝説としてのロバート・ジョンソン――天童荒太ボブ・ディラン古川日出男

新本格ミステリ=パンク/グランジ説――ロックで読んだ法月綸太郎

バッド・チューニングとフリークス――中島らもの小説とロック

 

文芸評論

選別の中のロマン革命――中島梓栗本薫

みんなの見た犯人はTVの中――伊坂幸太郎ゴールデンスランバー

許された特別な時間の引き延ばし――長嶋有『ねたあとに』

ジョゼフ・コンラッド『闇の奥』

小野不由美残穢

町田康『ギケイキ 千年の流転』

本格ミステリ・計算・科学・機械

村上春樹における数と固有名をめぐって――東浩紀法月綸太郎

西村賢太『どうで死ぬ身の一踊り』

内田かずひろに漫画化してもらいたい村上春樹レーダーホーゼン

私と乱歩――「パノラマ島奇談」をめぐって

バーコードが見せる悲痛な夢――大塚英志多重人格探偵サイコ 雨宮一彦の帰還』

多重人格探偵サイコ』と14歳の共闘――内面の崩壊をめぐる大塚英志

すれ違いと生まれかわりの迷宮――貫井徳郎

オウム系カルトの臨界点――竹本健治『闇に用いる力学』

世界の断片化と光の明滅――瀬名秀明『ブレイン・ヴァレー』

京極的字面とリズム――京極夏彦巷説百物語

リンクの連鎖に囲まれたミステリ――芦辺拓『時の密室』

道尾秀介『ソロモンの犬』書評

生死の線引きとSFミステリ――森博嗣女王の百年密室』、三雲岳斗『M.G.H.楽園の鏡像』他

『赫い月照』と『ネジ式ザゼツキー』の異様な作中作

「悪戯好きな子供」の十五年(綾辻行人デビュー15周年の際

の原稿)

東野圭吾直木賞を受賞するまで

東野圭吾 アジな発言集――これまでの発言から創作活動へのスタンスが見えてくる

東野圭吾白夜行』――時間がたってなお存在感を増す作品

未熟の浮上――中島梓/栗本薫の登場した七〇年代

ミステリからの脱線――橋本治『ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかの殺人事件』

ミステリー的で非ミステリ的な村上春樹

秋葉原事件以後に村上春樹『1Q84』を読むこと

「牛河」という人生――村上春樹『1Q84』で名探偵になりそこねた男

マイ・ヒーロー 大沢木小鉄浜岡賢次浦安鉄筋家族』)――狭苦しさを楽しむ活力

「人間ドミノ」からの逆転劇――道尾秀介『ガラスの親指』

京都の不思議と恋とカクテルに酔う青春ミステリ――円居挽『クローバー・リーフをもう一杯』

三浦しをん『光』書評

yom yom」成功の理由

「美しい日本」という過去――「川端康成三島由紀夫 伝統へ、世界へ」展によせて

社会の体感不安の申し子――貴志祐介『青の炎』

貴志祐介新世界より』の現代性と懐かしさ

出発点としての秩序と混沌――冲方丁のデビュー作『黒い季節』から

ロボット――MYSTERYランダムウォーク

伊坂幸太郎『マリアビートル』書評

過去の自分に宛てた手紙の行方――湊かなえ『往復書簡』

笠井潔編『本格ミステリの現在』解説

すべてが建築/模型になる――森博嗣〈S&Mシリーズ〉の仮想現実

四分の一世紀分の本格ミステリ

八犬伝聖地巡礼」の記憶――『エンタメ小説進化論』発刊記念エッセイ

 

ロック

王者たちの帰還 ―― クイーン+ポール・ロジャース JAPAN TOUR 2005 記者会見から来日公演まで

『プライド』で流れるクイーンの居心地悪さ――70年代スポ根ドラマとしての『プライド』と80年代リバイバルとしてのクイーンとの温度差

フレディが天国から「Bye」を告げた1回かぎりのアンコール――アルバム『メイド・イン・ヘヴン』の特殊さと凄み

アクセル!帰還せよ――ガンズ&ローゼズ

グッチ裕三と「ボヘミアン・ラプソディ

フレディに捧げられた舞台『バレエ・フォー・ライフ』

『TOMMY』はロック・ミュージカルの雛型

「ジョン&ヨーコは、世界に対話を呼びかけたのだ」

オノ・ヨーコ川久保玲に共通する「反骨」の心――「資本主義の中で、事態を変えていくこと」

ブラーのユーモアは千葉都民の心をいやす――手にした誰もが抱いた疑問考察-『ザ・グレイト・エスケイプ』

ブライアン・フェリーとボブ・ディラン

90年代的現実のデストロイヤー=キッス

ジョン・レノンのメディア・サーフィン――《リボルバー》から《サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ》へ

ライヴ・エイドという頂点――クイーンとメッセージ性

オペラ座の踊る道化師――フレディ・マーキュリーとミュージカル、オペラ

ロックし続けるキーボーディスト、キース・エマーソン

スライド・ギターからジャジューカへ――ブライアン・ジョーンズの旅

パブリック・イメージ・リミテッド--時代を先取りした音楽の計画書

異形の70年代名盤 エアロスミス《ロックス》

「居心地の悪さ」と闘い続けたスージー&ザ・バンシーズ

ニューウェイヴ・バンドとしてのザ・クラッシュ

ドアーズと『地獄の黙示録』のサイケデリックな戦争

デュラン・デュランのメディア戦略――『ストレンジ・ビヘイビア』

ジーシャロンとジョン&ヨーコ――オジーはいかにしてオジー・オズボーンになったのか

『太陽と戦慄』の遺伝子は、生き続ける――キング・クリムゾン『太陽と戦慄 40周年記念ボックス』

ツアーのセットリストから考えた2015年のキング・クリムゾン

オジー・オズボーンはビジュアル系ロッカーだ!――キャラクター大分析

消えないエコー――ピンク・フロイド・ストーリー

ブラック・サバスから見たヘヴィ・ミュージック史――オジー・オズボーンはなぜこれほどリスペクトされる存在なのか

クイーン・ヒストリー――バンド結成からフレディの死まで、その先へ

70年代の音楽界を代表するバンドに上りつめたレッド・ツェッペリンHistory 1968-1980

 

Jポップ

ヘタウマを擬態したYMO――サブカル雑誌上での“浮気なぼくら”

テクノの悲喜劇

二〇〇五年の「風来坊」――『細野晴臣インタビュー THE ENDLESS TALKING』を読む

80年代はなぜBOØWYを歓迎したのか

メカとある種の征服欲が結びついた男の子体質が彼を写真に向かわせる――フォトグラファー福山雅治の実力

Xはなぜ笑えるのか――無限の可能性を持つ、ゼロ年代X JAPANパロディ

渡辺美里TM NETWORKが象徴した80年代――女性の時代とディズニーランド

女性ロッカーの時代――“男まさり”から自然体へ移行するまでの、過渡期ならではの自分探し

Let’s 80’s 勝手に流行語大賞!――24時間戦えどワンレンボディコンにアッシー扱い、嗚呼バブルも弾けて

「伝道師」坂崎幸之助の乙なフォーク復興活動――「アルフィーの」が外れて本領を発揮するフォーク・ブラザーNo.1

女1男2から女1男1へ“ドリカム編成”の魔力――吉田&中村の遠くて近い男女関係とは?

尾崎豊のリアリティ――80年代のカリスマとして

40年前の秀樹の勇姿に感激――西城秀樹DVD『ブロウアップ・ヒデキ』

加藤和彦 移動と変化の人のゼロ年代――「新結成」フォークルと和幸をめぐって

鬼束ちひろは「神の子」か「菩薩」か――そのアコースティック・サウンドの意味の変遷