聞く連続読書会「昭和50年代文芸を読む」】2025/11/21(金)双子のライオン堂 19:30~ 第4回・中沢けい『海を感じる時』(スピーカー:円堂都司昭&仲俣暁生) 映画版しか知らない人も歓迎です。
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『海を感じる時』の作者は中沢けい、主人公の名は中沢恵美子(作者の本名)。それは同作の二年前に同じく群像新人賞を受賞した『限りなく透明に近いブルー』の作者が村上龍(本名は龍之助)、主人公がリュウという、作者と主人公の近似性とズレを一つの仕掛けにしていたことの応用だろう。
読書会で私が話そうと思うのは、1970年代後半の女性による性語りブームと投稿文化。前者に関しては、映画化もされた小説『もう頬杖はつかない』、アイドル山口百恵の阿木燿子作詞曲、雑誌「宝島」に連載された『ANO ANO』などが同時代的現象としてあった。そこらへんに興味ある方はぜひ。
また、若者向けのサブカル雑誌や深夜ラジオを舞台に投稿文化が盛んになり、文学新人賞への応募も若年が目立つ時代だった。『海を感じる時』と同年の1978年には読者投稿ばかりの雑誌「ポンプ」が創刊された。同誌の常連投稿者だった岡崎京子は、1980年代にマンガ家となりカジュアルに性を描くようになる。
一方、1970年代後半の男性による性語りの代表といえば吉行淳之介。彼は『海を感じる時』に描かれた「子宮感覚」を評価し、群像新人賞に後押しした。この時期に吉行が自作『夕暮まで』で挿入しない素股を題材にして話題を呼んだことは象徴的だった。
中沢けい『海を感じる時』読書会の次の回にとりあげるのは、仲俣さんが得意な橋本治の『桃尻娘』。同作は同時代作品に関して口語的文体の点で新井素子などと並べられることが多かったけど、若い女性(榊原玲奈)の描き方では、『海を感じる時』や見延典子『もう頬杖はつかない』の文学少女ノリとは対照的なポップさが注目された小説だったと思う(ちなみに、シリーズ第5作『無花果少年と桃尻娘』の章題に「もう桃尻はつかない」なんてパロディがあった)。『海を感じる時』読書会では、『桃尻娘』との距離といったことを仲俣さんに聞きたいと思います。
「文藝」最新号の対談で山田詠美(1985年デビュー)と松浦理英子(中沢けいと同じ1978年デビュー)は、自分たちの登場した時代に女性作家が男性作家からいかに侮られていたかを語っている。この対談と同号のインタビューで山田は、当時ベストセラーになった中沢『海を感じる時』や見延典子『もう頬づえはつかない』などは、避妊しないつれない男とつきあい妊娠の不安や中絶を経てそれでも歩いていくという、男の想像の範囲にある「女の目覚めと自立」が男性作家に評価され(許され)たのではないかと述べている。『海の感じる時』読書会ではそんな観点も話しあいたい。
群像新人賞では前年(1977年)に優秀作だった山川健一も千葉出身だった。中沢けいは横浜生まれだが『海を感じる時』執筆時は千葉在住。1970年代後半に子宮感覚を描いた『海を感じる時』に対し、やはり千葉出身の村田沙耶香『消滅世界』(2015年)は人工子宮をモチーフにして千葉の実験都市が登場。SF的設定で『海を感じる時』にあった子宮のテーマを受け継いでいるともいえる。
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