ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

「ケアってなんだろう?」の告知をみて

 文化系トークラジオLife「ケアってなんだろう?~令和時代のつながりと責任の話」の告知をみて。

https://www.tbsradio.jp/articles/43401/

 

 私にとって「ケア」は父母が相次いで入院した数年前から突然、日常になった言葉。そのまま病院で亡くなった父には緩和ケア、退院後に介護が必要になった母にはケアマネージャー、デイケア、ケアプラン、ケアスタッフ……。

 私自身がケアするのではなく病院や施設に看護や介護を外注したわけだけど、私もその都度、ケアについて先方や本人と話しあい、ケア関連書類に目を通して署名しなければならない(そのなかには身元引受人・保証人として延命治療の希望の有無といったシビアな判断項目も含まれる。もちろん費用負担に関しても)。施設からケア関連の電話をもらう機会も増えた(昨日もケアマネから連絡があった)。

 そんなこんなでケアを外注することによっって、書き仕事をしたり、それに関連する小説や評論を読んだりする作業にもっと専念したいと思っていた頃、「群像」を手にとったら「ケアの倫理とエンパワメント」という小川公代氏の評論連作のタイトルが目に入り、うわっ、と思った。自身の「ケアの倫理」を問われる気がして慄いたのだった。文芸批評であると同時に看護・介護労働の問題にも触れた同連作は書籍版が出たのであらためて読むつもり。

 

 

最近の自分

-「投票者からの偏愛コメント集」に短いコメント収録 → 竹本健治選『変格ミステリ傑作選【戦前篇】』

-京極夏彦が語る、妖怪と世相の関係性「災厄が過ぎ去って、平時がもどって、やっとお化けは活躍できる」(インタビューの取材と構成) https://realsound.jp/book/2021/08/post-842668.html

ここ2週間ほどの雑感

 かつて、「空虚な中心」という日本論(バルト)が一部で流行ったけれど、今では中心などなく、ただ全体がスカスカだ。

 

 この国では、現実を直視しないですませるための呪文として“上を向いて歩こう”がことあるごとにリピートされている。

 

 

最近の自分の仕事

-辻真先『二十面相 暁に死す』書評 → 「ハヤカワミステリマガジン」7月号

-月村了衛『非弁護人』ブックレビュー → 「週刊現代」6月26日号

-「新潮」編集長・矢野優が語る、文学の多様性「100年後まで読まれる大傑作を載せたいと常に願っている」(取材) https://realsound.jp/book/2021/06/post-800360.html

-珠川こおり『檸檬先生』、桜庭一樹『東京ディストピア日記』のレビュー → 「小説宝石」7月号 https://tree-novel.com/works/episode/3b5e7293b9906c98550c95066aaea34c.html

-スティーヴン・キングはなぜアメリカを代表する作家になったのか? 風間賢二が語る“ホラー小説の帝王”の真実(取材) https://realsound.jp/book/2021/07/post-805735.html

-辻寛之著『エーテル5.0 麻薬取締官・霧島彩』(光文社文庫)の巻末解説 https://yomeba-web.jp/new-issue/new/

-三島由紀夫仮面の告白』を今読むべき理由 戦後文学を代表する傑作私小説の多層性 https://realsound.jp/book/2021/07/post-810717.html

-コラム「夜明けの紅い音楽箱」(とりあげたのはマヌエル・プイグ『蜘蛛女のキス』)、「名作ミステリー映画への誘い 『犬神家の一族』はユーモア映画!?」円堂都司昭×名取くるみ&高槻美穂(ミスFLASH2021) → 「ジャーロ」No.77 / 後者鼎談の関連記事 ミスFLASH2021×ジャーロ「グラドル、ミステリーを学ぶ」 → 「FLASH」2021年8月10日号

-カツセマサヒコが浮き彫りにした“すれ違い”の切なさと苛立ち indigo la Endとのコラボ小説『夜行秘密』レビュー https://realsound.jp/book/2021/07/post-821387.html

-『medium』から『invert』へ――相沢沙呼が語る、ミステリ小説における推理、驚き、秘密の暴露(取材) https://realsound.jp/book/2021/07/post-826269.html

-馬飼野元宏『にっぽんセクシー歌謡史』書評 → 共同通信配信

XOXO EXTREME『Le carnaval des animaux -動物学的大幻想曲-』

 

動物学的大幻想曲

動物学的大幻想曲

  • アーティスト:XOXO EXTREME
  • 発売日: 2021/05/12
  • メディア: CD
 

 

 ハードでハードでキャッチーなナンバー、シアトリカルな組曲昭和歌謡風など、曲ごとの雰囲気の変化が楽しい。特に終盤の“Ride a Tiger”、“フェニキスの涙”のたたみかけが素晴らしい。

  で、私的には隠しトラックで“ハム”を入れてもよかったかのではと思ってみたり。動物がテーマのアルバムで最後に豚肉の塩漬けの曲? みたいな(笑)。Pink Floyd『The Dark Side Of The Moon』のエンディングに"There is no dark side of the moon, really.“ってセリフがあってオチをつけてるあんな感じになったのではないか、と。悪趣味ですかそうですか。

  プログレつながりということで某CDショップにおいてこのアルバムとKing Crimson『In the Court of the Crimson King』が並べられてる写真がツイッターにアップされてたけど、収録曲のオマージュ元としては次のようなものがあげられている。

 

“えれFUNと"女子"TALK” → King Crimson“Elephant Talk”(『Discipline』)

“羊たちの進撃” → Goblin”Suspiria”(『同』)、“Zombi”(『同』)

“フェニキスの涙” → Rush”YYZ”(『Moving Pictures』)

 

 このうちRushに関しては下記のように私も執筆したムックが刊行されたばかりだが、“フェニキスの涙”のパフォーマンスを見て以来、“YYZ”のエンディングを聴くたびにキスエクのメンバーがジャンプしてる絵を思い浮かべずにいられない体になっている。

 

 

最近の自分の仕事

-翻訳者・土屋政雄に聞く、ノーベル文学賞作家カズオ・イシグロの言葉選びと創作姿勢(インタビュー・構成)https://realsound.jp/book/2021/05/post-755233.html

-福嶋亮大が語る、平成文学の負債と批評家の責務 「灰から蘇ってくるものも当然ある」(インタビュー・構成)https://realsound.jp/book/2021/05/post-754213.html

-COLUMN 作詞家ニール・パート → 『THE DIG presents ラッシュ その軌跡と栄光』

 

ラッシュ その軌跡と栄光

ラッシュ その軌跡と栄光

  • 発売日: 2021/05/14
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

「前田愛『都市空間のなかの文学』から考える」視聴しての余談

 

都市空間のなかの文学 (ちくま学芸文庫)

都市空間のなかの文学 (ちくま学芸文庫)

  • 作者:前田 愛
  • 発売日: 1992/08/01
  • メディア: 文庫
 

 

 4月25日、日本近代文学若手研究者フォーラムが催したオンライン・シンポジウム「前田愛『都市空間のなかの文学』から考える」を視聴した。

https://twitter.com/forum_bungaku/status/1378341217541316608

 廣瀬航也「一九八○年代テクストとしての前田愛『都市空間のなかの文学』」、安藤優一「日野啓三作品による都市空間――『夢の島』を中心に」という2つの発表とその後の討議は、いずれも興味深いものだった。シンポジウムの性格からして当然、文学史における都市論を語る内容になった。ただ、発表を聞きながら、『都市空間のなかの文学』の議論が1982年の発表時、文学の外へもつながるものだったことを思い出していた。シンポジウムではクローズアップされなかったその点について、覚書を記しておく。

『都市空間のなかの文学』から2年後の1984年に前田愛編により「別冊國文学・知の最前線 テクストとしての都市」が、刊行された。原広司槇文彦清水徹多木浩二山口昌男磯田光一ボルヘスなどの名が並んだ目次をみれば、1980年代における文学と都市論の関係、距離感が察せられるだろう。

https://www.nanyodo.co.jp/php/detail_n.php?book_id=K2008057

 このなかで特に興味深いのは、クリストファー・アレグザンダー「都市はツリーではない」、磯崎新「見えない都市」の掲載である。いずれも既発表原稿の再録だったが、1980年代の都市論ではどちらもよく言及された文献だった。

 先に触れた25日の発表では、『都市空間のなかの文学』に先行するこの系統の議論として柄谷行人「風景の発見」(『日本近代文学の起源』1980年所収)をあげていたが、アレグザンダー「都市はツリーではない」は、柄谷が『隠喩としての建築』(1979年)の表題作で引用していたものだ。アレグザンダーは都市をめぐり、ツリー、セミラティスといった構造モデルを通してとらえる方法について考察していた。柄谷はこの議論を出発点にして、項目と項目の関係性によって特定の領域をとらえようとする思考(「建築への意志」)を言語、数、貨幣、芸術などに見出していく。具体的な個々ではなく、抽象化された項目同士の関係性を問う姿勢は、構造主義的、記号論的な思考をつきつめるものだったといえる。

 一方、磯崎「見えない都市」(1967年)は、車のための道路や駐車場が面積の多くを占めるようになったことにあらわれている通り、現代の都市は流動的なものであり、建築物など物理的な実体よりも、むしろ標識、案内板、ネオンサインのような記号のほうが本質だと述べていた。これは、都市の記号化を指摘した先駆的な文章だったといえる。

 1980年代には、東京の外国人風の発音である「Tokio」をあえて日本人が歌詞に使った沢田研二TOKIO”、YMOイエロー・マジック・オーケストラ)”TECHNOPOLIS”への注目など、サブカルチャー領域でも記号論的な都市論・東京論は盛んだった。

 シンポジウムでの安藤の発表では、日野啓三の戦争の記憶と都市を描いた作品の関係性に焦点があてられていたが、1980年代の日野は文学とサブカルチャーの交点で創作した小説家でもあった。その頃の日野は、YMOにも影響を与えたブライアン・イーノなど音楽についての文章をしばしば書いていた。

 また、安藤も引用していた「私にとって都市も自然だ」、「都市は廃墟をはらんでいる」を収録した日野のエッセイ集『都市という新しい自然』(1988年)には、J・G・バラードフィリップ・K・ディックウィリアム・ギブスンといったSF作家を取り上げた原稿も含まれていた。

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784643880663

夢の島』、『砂丘が動くように』など都市風景が物語の核となる1980年代の日野作品は、バラードの『沈んだ世界』、『結晶世界』などと親近性があった。さらにさかのぼれば、バラードが評価していたという大岡昇平の戦争小説『野火』のジャングル描写と、バラード自身による一連の変容した都市の描写には通じるところがあった。その意味では、都市の廃墟性に注目した日野の作品は、大岡とバラードの接点の延長線上に生まれたのだ。SF作家・筒井康隆が文学に進出する一方、日野のようにSFの影響を受けた小説を発表する純文学作家も目立った1980年代は、過去にはサブカルチャー扱いだったSFが文学と接近した時代でもあった。

 そして、日野が『都市という新しい自然』でとりあげたSF作家のなかでも、ギブスンはサイバーパンクのパイオニアであり、実体としての都市に重なって存在する仮想の都市=電脳空間(サイバースペース)を舞台にしていた。

『都市空間のなかの文学』の都市をテクストとして読むという発想、抽象的な項目と項目の関係性からとらえる、物理的実体より記号のほうが都市の本質であるという記号論的な思考のその先に仮想で構築された電脳空間が現れたのだ。1980年代の都市論にそんな側面があったことをメモしておく。

 

 

最近の自分の仕事

-ポール・ジョセフ・ガリーノ+コニー・シアーズ著『脚本の科学 認知と知覚のプロセスから理解する映画と脚本のしくみ』書評 → 共同通信配信

-天祢涼著『境内ではお静かに 七夕祭りの事件帖』の文庫解説

-カズオ・イシグロ『クララとお日さま』、潮谷験『スイッチ 悪意の実験』の紹介 → 「小説宝石」5月号 https://honsuki.jp/review/46064.html

いろいろあった

最近の自分の仕事

-「文學界」編集長・丹羽健介が語る、実験場としての雑誌 「文芸誌は絶えず変わっていく文学の最前線」 (インタビュー・構成)https://realsound.jp/book/2021/03/post-718053.html

-五十嵐律人『不可逆少年』、榊林銘『あと十五秒で死ぬ』のレビュー →「小説宝石」3月号 https://tree-novel.com/works/episode/d898ce413bd1db17ea8cef2960159e27.html

-「夜明けの紅い音楽箱」(とりあげたのは陸秋槎『雪が白いとき、かつそのときに限り』) → 「ジャーロ」No.75

-時代(とき)のしるし 復興ソングは誰のため?(コメント取材) →「中国新聞」3月30日付

-田中純に聞く、デヴィッド・ボウイの思想と美学 なぜ彼の音楽は人々の心を動かし続ける? (インタビュー・構成)https://realsound.jp/book/2021/03/post-730379.html

-よみうり堂 トレンド館 超常現象 ミステリーの枠破る(コメント取材) → 「読売新聞」4月5日付夕刊

 

そして

-井上芳雄が語る、独自のミュージカルのガイドブックを作った理由「偏りはあっても僕の見方が伝わればいい」https://realsound.jp/book/2021/04/post-736045.html 井上芳雄が見つめる、ミュージカル界の“いま”「ミュージカルを受け入れてくれる土壌が広がっている」 https://realsound.jp/book/2021/04/post-736173.html (インタビュー・構成)

 

からの

 

井上芳雄のミュージカル案内(SB白書)

書籍回収のお詫びとお知らせ/SBクリエイティブ

https://www.sbcr.jp/news/226/

 この本に関する上記インタビュー直前の段階でまだ本は完成しておらず、私はゲラのデータを読み取材に臨んだのだった。問題多数の各作品あらすじ紹介に関しては『オペラ座の怪人』でシャンデリアがいつ落下するかなどで私も、?、となり、チェックが入るだろうと思っていたら未修正のまま本になってしまった、と(私は完成品の現物を手にしていない)。

 役者の名を冠した書籍としては、本体ではなくライターが請け負ったデータ・資料的な周縁部分だろうが、『ミュージカル案内』である以上、役割としては“本文”である。なぜこうなってしまったのか、よくわらからないが、いろいろ残念。

長澤唯史『70年代ロックとアメリカの風景』

 

  長澤唯史『70年代ロックとアメリカの風景 音楽で闘うということ』読了。第I部では、キング・クリムゾン、イエスジェネシス、エマーソン、レイク&パーマーとプログレからはじめ、ジェフ・ベックマーク・ボランザ・フーというブリティッシュ・ロックをとりあげる。ボブ・ディランイーグルスなどアメリカ勢を扱う第II部では、カルロス・サンタナジミ・ヘンドリクスアイデンティティを論じ、ソウルのマーヴィン・ゲイ、ヒップホップのケンドリック・ラマ―の考察を経由してウッドストック再検討の終章に至る。

 英米文学の研究者である著者は、文学、思想と対照しつつ音楽について語っていく。本のテーマは書名通りだが、“70年代”、“ロック”、“アメリカ”以外のアーティストも俎上にのせ、書名からは意外な構成をとってカウンターカルチャーを再評価しているのが興味深い。あとがきで記されている通り、とりあげるアーティストは著者が選択したのではない。だが、依頼されて書いた原稿を集めた本ではあっても、発表順とは順番を入れかえ、1つの流れを作っている。アイデンティティ・ポリティクスのテーマなど、各原稿の議論をこう並べ直したからこそ、より浮かび上がるようになっている。問題意識を持続していたから可能になった構成だと思う。

 本文の締めくくりでは、「生きつづけるカウンターカルチャーの精神」としてブルース・スプリングスティーンに言及している。彼を象徴的な存在としてとらえる点について、平野啓一郎の未来を舞台にしたSF的な小説『ドーン』(2009年)を思い出した。同作では、「ウィ・アー・ザ・ワールド」の50周年記念コンサートが催され、かつてのチャリティ・シングルで熱唱したブルース・スプリングスティーンが、87歳で闘病中ながら車椅子で登場する場面があったのだった。2035年のことである。

 

 

最近の自分の仕事

-松井玲奈は小説家としてどう成長した? 恋愛小説集『累々』を読み解く https://realsound.jp/book/2021/02/post-706662.html

大江健三郎から『十戒』へ

1月某日

 先日の『治療塔』『治療塔惑星』から大江健三郎を遡り『芽むしり仔撃ち』を久しぶりに読み返した。記憶以上によかった。『治療塔』二部作と『芽むしり』は、汚れた地(前者と後者に共通するのは疫病)に見捨てられた弱者と一度は脱出したものの帰還して再び権力をふるう強者という構図が相似している。

 大江の作品をふり返るなら、『芽むしり仔撃ち』のシチュエーション×『ピンチランナー調書』の父子年齢“転換”に匹敵する“若返り”のSF的設定が『治療塔』二部作といえるだろう。

治療塔 (講談社文庫)

治療塔惑星 (講談社文庫)

芽むしり仔撃ち (新潮文庫)

 

2月6日

 最近、複数の本を並行して読むようになっているのだが、ステイホームがうるさくいわれるのにうんざりして旧約聖書出エジプト記』もその1冊に入れている。ああ、どこかへ脱出したい。

 今は大江健三郎も読んいでるから、長沢唯史『70年代ロックとアメリカの風景』EL&P章の“聖地エルサレム”登場で、おお、ウィリアム・ブレイクでつながった、もちろん聖書とも、てなわけでシンクロを楽しんでいる。『70年代~』を手にとる直前にめくっていたのはブレイクと聖書の間にいるジョン・ミルトンの『失楽園』の解説だったりするし。

旧約聖書 出エジプト記 (岩波文庫 青 801-2)

 

2月7日

 昨日『出エジプト記』読んだので今日は海が割れるシーンしか見たことなかった映画『十戒』を観た。4時間近くあってモーセが神の声聞くまで2時間もある。でも、必要以上に踊りの場面があったり、娯楽大作としてとても楽しめた。

エジプト人の奴隷にされたヘブライ人を率いることになるモーセ役のチャールトン・ヘストンが、後に映画『猿の惑星』で猿の奴隷にされる人間の側の役をやったのは面白い。

猿の惑星』には聖書劇のパロディみたいなところがある。テイラー(ヘストン)とノバの人間男女が猿の社会から離れ海岸を行くラストは、楽園を追放されたアダムとイヴ、あるいはエジプトを脱出したモーセたちとも重なる。だが、モーセ十戒を神から授けられたのとは異なり、テイラーが物語の最後に見るのは、人類が神から見放された証拠なのだ。

十戒 (字幕版)

猿の惑星 (字幕版)

 

 

-最近の自分の仕事

芥川賞候補5作に共通した「テーマ」とは? 円堂都司昭が読み解く、文芸の現在地 https://realsound.jp/book/2021/02/post-700313.html

そえだ信『地べたを旅立つ 掃除機探偵の推理と冒険』のレビュー → 「ハヤカワミステリマガジン」3月号