先日行った安部公房展。彼が1973年に演劇へ乗り出した際、西武流通グループ(~セゾングループ)代表・堤清二=小説家・辻井喬の後援があり、安部公房スタジオ第1回公演が渋谷PARCO9階の西武劇場(現・PARCO劇場)だったこと、2人が対談していたことが紹介されていた。
(対談はこの本↓に収録されている)
1978年にデビューしテクノ・ポップ流行を導いたYMOも雑誌「ビックリハウス」(パルコ出版)に連載を持つなどセゾンと浅からぬ関係があった。
それに対し、ピンク・フロイド好きだった安部は、1976年にシンセサイザーを購入し、舞台音楽を手がけていた。
1970年代当時はあまり意識しなかったが、安部とYMOは、セゾン、シンセという点で意外に近い文化圏にいたのだった。
最近の自分の仕事
-登場人物の「正体」をめぐる問いの連鎖ーー原作小説から読み解く、映画『正体』の狙い https://realsound.jp/book/2024/11/post-1857236.html