ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

『八犬伝』@【海難記】をめぐって

小学校時代には、夏休みの自由研究として里見家の歴史をまとめ提出したという、『八犬伝』好きの子どもだったのだ、僕は。
里見は実在した大名であり、『南総里見八犬伝』の「南総」とは房総半島の先っちょ(安房)あたりを指す。だから、千葉県民である僕には(浦安市に引っ越す前は千葉市に住んでいました)、『八犬伝』は親しみやすいお話だった。
ということもあって、仲俣暁生【海難記】の9月15日「イヌたちの幻想東京大戦〜『八犬伝』の時代としての80年代」は、楽しく読んだ。
http://d.hatena.ne.jp/solar/20060915/p1
思ったことをいくつか。

川村二郎『里見八犬伝

70年代にはNHK人形劇『新八犬伝』(73〜75年)、90年代には市川猿之助スーパー歌舞伎八犬伝』(93年初演)と目立つアレンジ作品があったわけで、なにも80年代ばかりが『八犬伝』の時代ではなかった。
とはいえ、80年代には仲俣があげた作品・論考以外にも、映画『里見八犬伝』(83年。深作欣二監督。薬師丸ひろ子真田広之)があり、川村二郎の『里見八犬伝』(84年)も刊行されていた。確かに、『八犬伝』がいつも以上に盛り上がった時代ではあったのだ。
このうち川村の本では、仲俣のいうような「悪女」、つまり玉梓や船虫などの魅力が論じられていた。そのなかで川村が、女装美犬士=犬坂毛野と船虫のキャラクターとしての親近性を指摘したことには、唸らされ、納得した。
里見八犬伝 (同時代ライブラリー―古典を読む (328))

源頼朝と里見義実

【海難記】で仲俣は、

一度敗北した少年が海を渡り、仲間をあつめて再起を図る、というのは『平家物語』における源頼朝の石橋合戦〜房総再上陸以来の物語の定石

としたうえで、『八犬伝』、古川日出男サウンドトラック』ASIN:4087746615る。
この文章では直接触れられていないが、『八犬伝』は源頼朝のエピソードを反復するところから始まっていた。結城合戦で敗走した里見義実が、三浦から安房に渡り、そこで領主となる。これがあの長大な物語の発端なのであった。

八犬伝』と『青春の終焉』

60年代の学生運動が「敗北」した後に政治闘争が文化闘争(観念闘争)に変わっていく、というのが70年代〜80年代はじめの「サブカルチャー」が担っていた本質的な意味だけど、その「闘争」のメタファーとして人気があったのが「八犬伝」という物語

と仲俣は位置づける。
このアングルで思い出されるのが、三浦雅士『青春の終焉』(01年)ASIN:4062107805。非常に大雑把にいってしまえば、“青春”とは昔からあった概念ではなく近現代的な概念であり、本来の意味での“青春”は学生運動の退潮とともに終焉した――そんな内容の本である。全共闘世代で青春ひとりじめかよ?! とツッコミたくなるが……。
そして、三浦が同書で日本における“青春”の始まりとして再発見したのが、滝沢馬琴の読本であり、代表が『八犬伝』の犬士たちだった。
一方、『青春の終焉』のあとがきで、『八犬伝』〜学生運動的な“青春”とはズレた青春像として三浦が触れたのが、手塚治虫鉄腕アトム』、萩尾望都ポーの一族』だった。それらをあとがきで触れるにとどめた三浦の文学論に対し、逆に『アトム』や『ポー』の位相から出発して文学論を組み上げようしたのが、『サブカルチャー文学論』(04年)ASIN:4022578939だろう。変な話だが、僕には『サブカルチャー文学論』は、『青春の終焉』の続編であるかのように読めたのだ。
ご承知の通り、『サブカルチャー文学論』以降の大塚の仕事では、彼いうところのキャラクター小説、つまりライトノベルが、目立つ批評対象になってきた(大塚は、ラノベ称揚派から批判派へスタンスを変えていったが)。
だから、仲俣の次の言葉は、僕にはとても興味深かった。

いまだ解放されない「少年」というのはもちろん「日本」のメタファーなわけで、いまのライトノベルに私が興味をもつとしたら、「八犬伝」的な「少年の物語」の現在形を知りたいからであり、それ以外ではない。

八犬伝』のその後としてのライトノベル。この位置づけは、『サブカルチャー文学論』に、『青春の終焉』との連続性を読んでしまった自分には、理解できるものだ。
(仲俣が、三浦雅士大塚英志、それぞれの論に違和感を覚えているのは承知しているが、問題意識のターゲットは、けっこう彼らと交差していると思う)
(『青春の終焉』関連雑記http://d.hatena.ne.jp/ending/00000603#p1


(『八犬伝』関連雑記http://d.hatena.ne.jp/ending/20060828#p1


ちなみに、千葉県文書館では現在、『南総里見八犬伝』の企画展を開催中。
http://www.pref.chiba.jp/bunsyokan/



どうでもいいけど、仲俣宅には昨夕に届いたという「小説トリッパー」最新号。うちには、まだ来ていませんが。向こうは都内であるのに対し、こちらは千葉県だから? 川一本越えるだけですぐ東京なのに、郵便も宅配便も到着まで都内と日の差が出ることが多い……。
最新号が届いたとか最新刊を本屋で買ったとか、ネットで都内の人の書き込みを見るたび、どうせ浦安ではまだだよ、とひがむことがしばしば。この地に住む限り、速報的なブログは絶対無理だと実感する。


といいつつ、↓は、関係者であるがゆえの速報です。