ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

朱川湊人「妖精生物」(と坂田明『クラゲの正体』)

ちょっと前、昨年に雑誌掲載されたミステリ系短編をアトランダムに90作くらい読む機会があった。そのなかに、朱川湊人の作品が複数混じっていた。朱川に関しては、昨年発表した短編の数においてトップ・クラス(20作を超える)であるだけでなく、クオリティのアベレージが高いことに驚く。ファンタジー&ノスタルジーが彼の得意とするところで、もちろん作品ごとに幻想性の度合いは違う。その、日常から心や体が浮き上がる浮遊感(=幻想性)をシチュエーションごとによく測り、巧みに描いている(「小説推理」11月号掲載の「虚空楽園」が、日本推理作家協会賞短編部門候補作になっている)。
自分が読んだもので個人的に特に印象に残ったのは、「オール読物」7月号掲載の「妖精生物」。クラゲによく似た謎めいた生物を飼い始めた少女の日常を描いた内容だ。この生物を手のひらにのせると、なぜか、ちょっといけない感覚が……ありていにいってしまえば性的な火照りが起きる。少女がこの行為に魅かれ、気持ちが浮ついていく様子に、読んでいる自分も引き込まれてしまう。とっても、この生き物が欲しくなってくる……。この作品は、最近刊行された短編集『花まんま』に収録されている。
花まんま
ところで、なぜ「妖精生物」が「個人的に特に印象に残った」短編なのかといえば、僕はクラゲが好きなのである。クラゲの、あのやる気のなさそうな形状、力のぬけぐあい――とってもあこがれる。たまに水族館に出かけると、頭のなかは「早くクラゲが見たい早くクラゲが見たい」といっぱいになる。
そんな僕にとっての名著が、坂田明(あのジャズ・ミュージシャンだ)による『クラゲの正体』ISBN:4794961855。坂田のエッセイ、専門家との対談、写真、図解などで、シロウトにもわかりやすく、多角的にクラゲのことを紹介説明してくれた本である。その同書の対談で、専門家が意外なことを解説していた。
「妖精生物」の場合、それを手のひらにのせた人間のほうが、“火照り”を覚えるのだった。しかし、クラゲの場合は逆なのだ。人間の体温が摂氏36度以上あるのに対し、クラゲは海水と同レベルだから高くても28度くらい。ゆえに、10度近く高温の人間が撫で回せば、クラゲのほうが低温火傷してしまうそうだ。クラゲの体は表層(外胚葉の細胞層)が大切で、そこを火傷すると再生できずに、死ぬ。だから、触れた人をクラゲが刺すのは、必死の反撃なわけ。――エロスとタナトス。こう考えると、クラゲもエロチックに思えてきませんか。 どうです、愛しくなるでしょ?