ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

「解題・ミュージックマシーン」

大山卓也が「ミュージックマシーン」の回顧録を書きつつあって、これが興味深い。
http://d.hatena.ne.jp/takuya/(TAKUYAONLINE)
音楽雑誌なんかいらない――というのは、ネットが普及した90年代以降はもう、定番のものいいになっている。で、従来の音楽雑誌ではない形の回答例の一つが、「ミュージックマシーン」だったのだろう。
以前、僕は、ミステリなどのランキング本増殖について書いた時、“アンビエント・ファインダビリティ”(ピーター・モービルの用語。その環境における情報の見つけやすさ−−というような意味)なる言葉を持ち出した。
http://www.sbcr.jp/bisista/mail/art.asp?newsid=3344
その点、「ミュージックマシーン」〜ナタリーの流れは、音楽情報をめぐる“アンビエント・ファインダビリティ”の有意義な実験になっていると思う。
http://natalie.mu/
で、僕は、想像してしまうのだ。例えば、『このミステリーがすごい!』批判派であるミステリ・ファンが、ミステリ情報に関する「ミュージックマシーン」〜ナタリー的なものを立ち上げたら、どんな形になるのだろうか、と。
僕は、音楽雑誌やランキング本(『本格ミステリ・ベスト10』)などに文章を書いている人間だから、それらを「いらない」とはいわない。しかし、それらがない状態を想像し、存在意義を疑ってみることは必要だと考えている。その意味で、大山の回顧録はとても面白く読ませてもらっている。
付記)以前、書いたことがあるように、ランキング本もまた“アンビエント・ファインダビリティ”の一つの形ではあるのだけれど、やはりあれらは編者の意図が大きいから、「ミュージックマシーン」的なものとは遠い。

  • 最近自分が書いたもの
    • 「不況の救世主としてのヤンキー」(難波功士『ヤンキー進化論』asin:4334035000の書評) → 「rockin’on」7月号