ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

『リトル・マーメイド』

アナと雪の女王』から遡って89年制作のこのアニメ映画を見ると、やはり保守的に感じられる。
海の王トリトンの末娘アリエルが、父に反抗して人間に憧れ、王子への想いをとげようとする点には自己主張がある。一方、魔女アースラにそそのかされ、美声を封じられるかわりに人魚から人間になるというアリエルの選択は、男はおしゃべりな女が嫌い、ルックスがよければいいという旧い男女観にのっかってしまうもの。アースラが用意したその枠組みは、自己主張の放棄でもある。
結局、周囲の助力によってアリエルは声を回復し、王子がアースラを退治する。人間の王子と人魚が「真実の愛のキス」をすることで物語はハッピーエンドを迎える。そして、魚を食う人間と食われる側の海の世界の間にあったはずの相容れなさは、海の王の娘と王子との恋の成就により、とても曖昧な形で和解に持ち込まれる。
最近のディズニー作品のような「真実の愛のキス」への懐疑はみられず、ヒロインの自己主張も弱い。
とはいえ、『眠れる森の美女』が、魔女のほうを主人公にすることで『マレフィセント』へと裏返され別の物語に生まれ変わったように、かつてトリトンによって王宮から追放されたアースラの側から描き直せば、『マレフィセント』的な、女性の自己主張を重視した別ヴァージョンは容易にできそうな気もする。