ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

映画『シェイプ・オブ・ウォーター』

ネタバレあり











話せないイライザが、半魚人と出会う。人魚姫は人間になったかわりに声を失った――というアンデルセン童話にあった要素を分解し、二人に振り分けたようなキャラクター設定だ。彼らは、手話によって意思疎通を図るようになる。
半魚人を研究対象として支配下に置くストリックランドは、清掃係を職業差別し、黒人を人種差別し、障害者差別も女性差別もする白人マッチョイズムの典型。ストリックランド夫婦のセックスシーンがあけすけに映されるのも、彼の男根主義を強調するものとなっている。
また、イライザのルームメイトはゲイであり、劇中では彼や黒人が飲食店で差別する場面も描かれる。そのように差別される側の障害者、黒人、ゲイが協力し、ストリックランドから虐待され、やがて命を狙われる半魚人を助けることになる。さらにソ連のスパイとして施設に入りこんでいたホフステトラーも半魚人救助の協力者となるのは、科学者としての考えだけでなく、イスラエル出身のユダヤ人であることが関係している。スパイという両義的な立場やユダヤ人の被差別性が、半魚人にシンパシーを抱かせる図式だ。ここには『グレイテスト・ショーマン』と同様に虐げられたものたちの団結がある。
半魚人に噛み千切られた後に再接合されたストリックランドの指は、やがて黒ずみ腐っていく。それは半魚人に逃げられたことで軍における彼の地位が危なくなり、彼の男根主義が揺らいでいくことの象徴だろう。一方、彼の指を拾ったイライザは、半魚人とひかれあう。異種族同士なのにセックスまでする。ここでは女性の性欲が肯定されている。
また、ストリックランドに撃たれ瀕死のイライザは半魚人とともに海に潜り、キスすることで蘇る。そして、二人で仲よく水中ですごすことを示唆して物語の幕は閉じる。真実の愛のキスが愛しい人を救うというディズニー映画などでおなじみの結末だ。しかし、『美女と野獣』の場合、ベルの愛によって野獣が王子の姿に戻ってから、美男美女のキスとなる。それに比べると、半魚人はアマゾンの奥地では神とあがめられているものの、人間の一般的な基準としては美しくない姿のまま、ヒロインと結ばれる。この物語では異形が肯定されている。
ギルモ・デル・トロ監督は、『大アマゾンの半魚人』にインスパイアされてこの映画を発想したようだ。しかし、結果的にできあがった作品は、それ以外の過去の作品群に対する再解釈も含んだような仕上がりになっている。声を欠いた人間が海で生きるようになる。異形のまま想い人と結ばれる。ヒロインの性欲の大らかな肯定。そんな要素を持つ『シェイプ・オブ・ウォーター』は、『人魚姫』『美女と野獣』など伝統的な、異形のものとの恋物語を、現代の価値観で批判的に再構築した作品だといえる。