ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

芦辺拓『紅楼夢の殺人』

紅楼夢の殺人 (本格ミステリ・マスターズ)
中国の奇書『紅楼夢』の世界を借りたミステリ。『二人道成寺』と同様、文春の〈本格ミステリ・マスターズ〉の一冊である。非常に凝った作品で、中華な雰囲気を醸し出すために漢字使用率を微妙に高める一方、読みやすさにも気を配っているのがわかる。また、登場人物が非常に多いので、読者としてはなかなか呑みこみにくい。作者はそれを考慮し、最初のうちは名前をはっきり覚えていなくても大丈夫なように、お話を転がす。そして、名前を繰り返し記して、徐々に覚えさせてくれるのだ。しかも、それが「説明」「説明」って書きかたではなく、非日常世界への観光案内といった感覚なので(「物語作者」としての文体の工夫が大きい)、こちらは文字上の時間旅行者になって遊覧気分でいればいい。なるほど、刊行が遅れたのも無理はない凝りかただ。
風変わりな貴公子以外は、美女ばかりが暮らす人工楽園で起きる連続殺人。次々に詩句通りに現れる屍……。
女たちの物語なので、やはり女性登場人物が多かった京極夏彦の『絡新婦の理』を連想したりもした。そういえば、投網してすっぽりと読者の目の前を覆ってしまい、根こそぎ錯覚させようとするあたり(なんか変な日本語だな)、本作には〈京極堂シリーズ〉に通じるところがあるのではないか。〈京極堂シリーズ〉には「ミステリによる認識論」てな趣があるのに対し、芦辺の新作は、読者が探偵小説ってものをどんな風に認識しているかを、小説の形で論じたものとも読める(その読者の認識が、根こそぎの錯覚にかかわるわけ)。でも、作品の構造自体は、〈京極堂シリーズ〉より〈巷説百物語シリーズ〉に近いかもしんない。これを説明するとネタバレになっちゃうから、くわしくは書けないけど。
さらに、現在の常識とは違うルールで動いている特殊な世界を鮮やかに構築する。そのうえで、常識世界では成立しようのない「謎」を出現させて、解明する。――こうした、特殊な世界と「謎」の関係のさせかたでは、山口雅也の『生ける屍の死』みたいなSFミステリに近い質もある。
芦辺は、〔その作品が探偵小説であること自体が探偵小説としての仕掛けにつながっている作品〕が本来の意味での「メタ・ミステリ」だとしている。この点では、評判のよかった『グラン・ギニョール城』以上に『紅楼夢の殺人』は成功していると思う。執筆に苦労したぶん、この作品は芦辺の代表作に数えられるようになるだろう。

  • 最近活字になった文章
    • 「『赫い月照』と『ネジ式ザゼツキー』の異様な作中作」、伊坂幸太郎インタビューの構成など → 探偵小説研究会編著『本格ミステリこれがベストだ! 2004』ISBN:4488495109 (いや、書き原稿は1月末には入稿済みだったんですよ、僕たちは。刊行の遅れには諸般の事情がございまして……)