ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

マッカートニーあれこれ

昨日、赤坂の東京写真文化館でリンダ・マッカートニー写真展を拝見した(今月25日まで開催中)。さほど広くないスペースに、彼女の遺作となった静物・風景のシリーズ(Wide Open)、自動車から撮影した作品(Road Works)など、モノクロ中心に約60点が展示されていた。
正直な話、静物や風景の写真には感心しなかった。針はピンボケにして花だけを鮮明に写したサボテンとか、霧のかかった風景とか、輪郭を曖昧にすることで美しい“雰囲気”を演出した写真群には、どうにも乗れなかった。夢見がちな少女趣味に思えてしまう。「ビートル」夫人の芸術家としては、やはりオノ・ヨーコに遠く及ばない。
とはいえ、Road Worksの何枚かには、訴えかけるものがあった。そこで撮られた街の人たちは、たぶん、車内から向けられたレンズを、他人の視線として意識していなかっただろう。生活者としての姿を無防備にさらしていた。そして、写真の背中などからは、生活者の哀感に向けられたリンダの暖かい視線が反射して見えるようだった。


この種の、ヒューマニスト的な暖かい視線は、夫ポール・マッカートニーと共有した部分でもあっただろう。夫婦そろって出演した映画『ヤア!ブロード・ストリート』(84年)を、ケーブルテレビで先月末に見たが(ムービープラスでの放映)、これも性善説のストーリーだった。ポールは、まんまポール・マッカートニー役で登場する。彼は、周囲の反対を押し切り前科のある友人を雇った。ところが、ジョージ・マーティンのプロデュースでリンゴ・スターも参加した新作の録音テープが、その友人とともに行方不明になる。周囲は前科者が盗んだのだと決めつけるが、ポールは友人を信用して……というお話。
結局、ビートルズ・ナンバーのリメイク(《リボルバー》の曲が多い)をはじめとする、演奏シーン以外、見るべきところのない映画だ。ストーリーを含めポール主導の企画で、行き当たりばったりの内容である点は、『マジカル・ミステリー・ツアー』を思い出させる。しかも、『マジカル』にはあったサイケな遊戯性が『ヤア!』にはないのだから、映像作品としてはかなりつらい。ちょうどMTV全盛期の制作で、長尺のPVを作るのが流行った頃だから、それを映画でやっただけなんだろうけど。
−−にしても、テープが見つかるまでの展開の工夫のなさは、あんまりだ。友人はある所から出られなくなり、テープを抱えて眠り込んだだけだったという結末には、あきれて脱力するしかない。
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こうした性善説が、失敗作を生むだけならまだいい(よかないか)。しかし、それが政治的ニュアンスと結びつくと最悪な印象を残す。
先月20日NHK BS2が「ポール・マッカートニー ライブ・イン・ロシア」を放送した。ポールが2003年5月に行ったモスクワ・ライブを流したわけだが、演奏シーンは編集が多く、むしろ元ビートルズのメンバーが旧共産主義圏で演奏した意義を強調するドキュメンタリー番組になっていた。
〈バック・イン・ザ・U.S.S.R.〉=「ソ連に帰ろう」とビートルズが歌った時は(ホワイトアルバム発表の68年)、米ソの冷戦真っ只中だった。ロックは資本主義圏の退廃そのものとして、ソ連では80年代まで禁制品だった。だからこそ、〈バック・イン・ザ・U.S.S.R.〉というフレーズは皮肉っぽいジョークになった。
しかし、ソ連でもアンダーグラウンドではビートルズを聞く若者がいて、やがてそうした層がソ連を自由化していく力の担い手になったのでした――という歴史を、番組では現地の人々へのインタビューを多く入れて再構成していた。そこでは、「ビートルズ=自由の象徴」として讃えられ、今では元ビートルズ=ポールが現地で歌えるいい時代になってよかったね、というトーンでまとめられていた。
ソ連〜ロシアをくぐり抜けた現地の人たちが、「ビートルズ=自由の象徴」を語るのは、まだいい。なにしろ、当事者なのだから。しかし、ポール自らがインタビューで誇らしげに「ビートルズ=自由の象徴」を語るのを“今”見るのは、極めて居心地が悪かった。9.11のテロ後、ポールは被害にあった米国を勇気づけるために〈フリーダム〉=「自由」という曲を作った。だがその後、「自由」を旗印に米国がアフガニスタンイラクで展開した戦争はなんだったのか、世界中の多くの人々が疑問を持ち始めた。そんな、「自由」という概念を見つめ直すべき時期に、ポールが彼流の性善説に乗って、あまりにも無邪気に「自由」という言葉を口にする。その無頓着さが、非常に苛立たしかった。先のドキュメンタリー番組でも、ソ連〜ロシアの自由化には触れても、その後に起きた民族紛争には触れていなかった。「自由」が「自由」を抑圧することへの認識が、そこでは欠けていた。
(関連雑記http://d.hatena.ne.jp/ending/20040929

  • 今晩の献立
    • えぼ鯛の干物(お中元のもらいもの)
    • なめこの味噌汁(大根おろし入り)
    • 小松菜のゴマ油いため(しょう油、にんにく風味で溶き卵入り)
    • 白米1:発芽玄米1のごはん


在日の設定を組み込んだドラマ版『東京湾景』は、原作とはやっぱり別物ですね。仲間由紀恵は嫌いじゃないんだけど……。