ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

桜庭一樹『少女には向かない職業』

少女には向かない職業 (ミステリ・フロンティア)
帯にある通り、中2女子13歳大西葵が人を殺す話。
葵の母親は、娘にこんなことを言ってしまう人である。

葵、ママだって人間なのよ。まだ若いし、やりたいこともある。葵がいなかったら、こんな島に残らずにまた東京に戻ってたと思うのよ。

母親は高卒で東京に出たが、5年後に島へ帰った。最初の夫との間に葵が生まれたものの死別。2人目の夫は体を壊し、アルコール中毒になっていた……。で、……。
一方、義父を嫌悪し母親ともギクシャクしている葵は、ドラゴンを戦わせるオンラインのゲームで、他地域のプレイヤーと対戦しつつ、こんなことを思ったのだった。

あたしは東京のドラゴンをつい羨望の目で見てしまう。このモニターに入っていって、向こう側から出たら、たとえば東京の渋谷とか新宿とかの、かっこいいゲーセンに出るのかな。(中略)あたしのドラゴンが戦い始めた。あ、この東京のやつ、けっこう弱い。あたしは血に飢えたバトルモードになって、弱いやつを叩きのめすのに熱中し始めた。

この母娘は、上京願望を抱える点で、似た者同士。そして、葵の行為がただのゲームにとどまらず、世界の命運を左右する戦闘に格上げされるならば、この小説はいわゆる“セカイ系”の図式になった。このことを考えれば、次のような揶揄にもそれなりのもっともらしさを感じる。
地方のさえない自分が都に上って変身する――という昔ながらの脱出願望を、自分がいきなり世界の中心になる――という異常状況にすり替えショーアップしたのが“セカイ系”。つまり、田舎者の発想だ。その意味で、『エヴァ』が第三新東京市を主要舞台とし、第一の東京が無効になった世界を描いていたのは振り返れば興味深い(上京の失効 → セカイ系)。――とか。
でも、『少女には向かない職業』は、あくまで地方の女子中学生の話として展開する。葵の上京願望は母ほど強くないし、むしろ島の夏を美しいと繰り返し思うような娘である。

そう、この島には、あたしの友達もぼやいていたように、夏休みになると都会暮らしの親戚がよく押し寄せてくるんだ。ネイチャーとか癒されるとか、ぬるいことを言いながらしばらく遊んで、また都会に帰っていく。

こんな辛辣な感想ももらしつつ、葵の中では島の人と東京人は相対化されている。
下関の沖にあるこの島は、マクドナルドが数少ないデートスポットであるような場所だが、本土に渡れる橋はある。だから、葵もチャリンコで下関のゲーセンなどに出かけ、上京願望をガス抜きしてる部分がある。彼女は男友だちと組みゲームの全国大会に出る予定だが、「どぉでもいいですよチーム」をコンビ名にしている(だいたひかる、かぁ?)。東京のドラゴンをぶちのめしつつも、「どぉでもいいですよ」な気分を残しているのが葵であり、上京への未練が濃い母とは願望の質感が異なる。
やがて葵は、こんな思いにたどり着く

ママが認めても、認めなくても。愛してても、うまく愛せなくても。つまらない現実の象徴みたいに、“ママの娘”はここにずっと存在しちゃってる。

この小説は、ミステリとしての仕掛けは弱い(それが、女子中学生の脆さとの釣り合いを意識してのことだってのは理解するけれど)。しかし、安易に主人公を上京させたり世界の中心にしたりせず、自分が他人の世界を形作る一部分だったことに気づく展開は、青春小説として好ましい。
『GOTH』ISBN:4048733907、『下妻物語ISBN:4093861536、それぞれのヒロインを足して2で割ったような謎めいたゴスロリ少女・宮乃下静香は、葵を殺人者へと向かわせる重要な役回り。その静香も東京から島にやって来た設定だ。静香の世界において自分がどんな位置にあったかについても、葵は知ることになる。
それにしても、バトルアックスを握った葵の最後の戦場が、下関の廃業した巨大迷路(80年代に流行りましたね)だというのは、とってもどんづまりで袋小路な雰囲気が出ていて、なんとも切ない。


SFマガジン」11月号ISBN:B000B9O79Kタビューが掲載されている。

  • 26日夜の献立
    • さわらの塩焼き
    • 空芯菜とピーナツの炒めもの(サラダ油、ナンプラー、レモン、醤油、砂糖、タカノツメ)
    • 鶏肉と根菜の汁(ごぼう、大根、にんじん、長ネギ。醤油ベース)
    • 納豆
    • 白米
  • 27日夜の献立
    • 豚肉、ブロッコリー、ピーマン、玉ねぎ、ナスのトマト煮(サラダ油、にんにく、ブイヨン、塩、こしょう、ローズマリー
    • 玄米1:白米1のごはん