ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

近藤正高『私鉄探検』

私鉄探検 (ソフトバンク新書)
私鉄がどのように路線を拡張してきたかをふり返ることで、沿線地域の開発の近現代史を浮かび上がらせた本。新書らしからぬ濃度を持った力作である。僕にとっては、あまり身近でない路線ばかり取り上げられているけれど、周辺地域が動的に変化していく様子がよく書き込まれていて、楽しく読むことができた。
なかでも面白かったのは、京急空港線に触れた部分。かつては穴守線と呼ばれ周辺に神社の多い路線が、やがて沖合に展開された羽田空港まで乗り入れるようになった。それによって京急空港線は、羽田空港を経由して日本各地を仮想の“沿線”にしたのだと、近藤は指摘する。同時に彼は、空港以外のリアルな沿線地域のことを思う。

だが、実際に空港に隣接する羽田の町を歩いてみると、こちらはこちらで空港とは別の時間が流れているようなのだ。とりわけ多摩川(その河口付近は六郷川とも呼ばれた)沿いを歩いていると、小さな神社がひっそりとたたずんでいたり、赤レンガ造りの堤防の跡が残っていたりと、この町の歴史が垣間見えるスポットがいろいろと見つかる。

この風景描写には、親しみを感じる。僕が住んでいる浦安と近しいところがあるからだ。アジアからの来客もあり海外に開かれている東京ディズニーリゾートと、地元の三社祭に熱狂する元漁師町の地域という浦安の多層性は、京急空港線沿線に似ている。いずれも東京湾岸であり、開発の論理や時代背景に共通性があったということもあるだろう。
また、浦安の場合も、近藤が同書でちょっと触れている通り、東京ディズニーリゾートやその近くの住宅地開発にあたり、京成という私鉄の資本が参加していた。京成は浦安に路線自体は走らせなかったものの、私鉄的な土地開発の論理は持ち込んだのだ。その意味で浦安の一部は、ヴァーチャルな私鉄(京成)沿線かもしれない。(26日付記:鉄道路線はないけれど、浦安市内を走るバス=東京ベイシティ交通に、京成は資本参加している)


一方、『私鉄探検』では、まだ新しいつくばエクスプレスも取り上げられている。以前、この雑記帖でも触れた通り、若林幹夫は『郊外の社会学』でつくばエクスプレス周辺地域の分析をしていた。
http://d.hatena.ne.jp/ending/20070424
そこでも沿線風景の多層性が語られていたし、近藤の本とあわせて読むのも一興だろう。


題名が『私鉄探検』だから、ひたすら鉄っちゃん向けの本かと思い込んでいる人もいるかもしれない。だが、むしろ東浩紀北田暁大三浦展あたりの郊外論、あるいは浅羽通明『昭和三十年代主義』などの昭和レトロ・ブーム論など、街や土地の変遷史に興味を持っている人に有益なガイドブックだと思う。


近藤は以前、自分の個人誌の企画として、東京オリンピックのマラソンコースを走りなおすということをしていた。
http://d.hatena.ne.jp/ending/20061113
なので、今回は単著発刊記念として、取り上げた私鉄のどれか沿線をマラソンで走るプロモーションを提案したい。例えば、開業したばかりの副都心線はどうだ?