ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

金原瑞人『大人になれないまま成熟するために』

金原ひとみのパパによる新書。娘は『蛇にピアス』で芥川賞獲ったし、彼女だけでなく金原パパの担当する創作ゼミからは、古橋秀之秋山瑞人という作家も輩出した。なのに、1954年生まれの“父親”で、すでに娘も一人前になった自分が、なぜいまだに“大人”になれた実感がないのか? ――金原パパが、そう自問するところからスタートする本である。
三浦雅士の『青春の終焉』以降からか、中年以上の文筆家が、“青春”という概念や“ユース・カルチャー(サブ・カルチャー/カウンター・カルチャー)”を年代記的に批評する本が続々出ているが、本書もその種の一冊。翻訳家らしく、アメリカ起源の概念“ヤングアダルト”をキーワードに、“子ども大人”的な領域の形成過程をたどり直す。
近頃なにかと話題の“ライトノベル”にしても、“ジュニア小説”、“キャラクター小説”なんて別称と並んで“ヤングアダルト・ノベル”という呼び方をよくされてきたわけで、金原パパみたいな立場の人にこの種のテーマを“今”書かせれば、面白くなるはず。ところがあとがきによると、この本は急造の聞き書き本であるらしく、せっかく興味深い論点が現れても深められず、すっと流れてしまいがちなのがもどかしい。
金原は、サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』やロックンロール誕生といった50年代から話を始め、その後の小説や音楽、映画の変遷に触れつつ“若さ”の推移を追う。これまでの“ユース・カルチャー”年代記本では、なにかと60年代末が特権化される傾向があったのに対し、本書では全共闘世代(団塊の世代)批判を一つの柱にしている。なので、“ヤングアダルト”的なものの起源として50年代に注目し多くのページをあてたのは、60年代末の特権化を相対化しようという意図があったのだろう。
そして金原は、アメリカにおける“ヤングアダルト”の完成が70年代はじめだったのに対し、日本では70年代後半だったととらえ、娘の作品も延長線上に含めている。そのうえで、“ヤングアダルト”小説擁護の立場をとる。つまり本書は、遠まわしな“親ばか”話でもあるのだ。自分よりちょっと上の世代への反発と迂遠な“娘自慢”が行ったり来たりで、ごちゃ混ぜ気味になっている点が、本書の輪郭をぼかしている。


この本はメインタイトルが長いだけでなく、『前略。「ぼく」としか言えないオジさんたちへ』とこれまた長いサブタイトルがついている。本書では、大人になっても「私」ではなく「ぼく」といい続ける感性を、“ヤングアダルト”概念の一角とみているわけだ。
ここでいう「ぼく」の先祖として、『ライ麦畑』の一人称が想定されている。その『ライ麦畑』の影響下で書かれ、69年に発表されたのが庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』だった。金原は『赤頭巾』について、すでに大人になっていた作者が若者を装って書いたもので、“ヤングアダルト”ではないとあっさり退けている。でも、金原のいう「ぼく」を考察するうえで、『赤頭巾』は排除すべきではないと、僕は思う。
大塚英志は『物語の体操』、『サブカルチャー文学論』などで、“キャラクター小説”的なものをさかのぼると、『赤頭巾』におけるキャラクターとしての「僕」に行き着くと記している。同作を一つの起点として、村上龍限りなく透明に近いブルー』、橋本治桃尻娘〉シリーズ、栗本薫『ぼくらの時代』、村上春樹風の歌を聴け』など、キャラとしての一連の「僕」が登場したというのが大塚流サブカル文学史観だった。これらの作品群が登場したのは、“若さ”の中心が全共闘世代から、金原も属する三無主義世代に移った70年代であり、三田誠広が『僕って何』で芥川賞受賞したのもこの頃。
三田の作品については、いい歳をして「私」でなく「僕」が一人称とはなにごとか、しかも自己を問い直す純文学で『って何』なる問い方の軽さは許しがたい――ってな批判がかなりあった。庄司と同様に三田も、経験を積んでから“若さ”を装った作家だったが、金原のいう意味での「ぼく」が確立し定着していったのは、実はこの時期なのだ。ということは、むしろ「ぼく」は、“キャラ”として、フェイクとして始まったがゆえに成立しえた――と、とらえるほうが妥当なのではないか。
この70年代は、ちょうど金原が日本における“ヤングアダルト”の確立期とみなしている時期でもあるし、今度は語り下ろしではなく、自分で執筆した、もっと突っ込んだ議論を読ませてもらいたいと思う。


そういえば、「en-taxi」の連載「アメリカ」でサリンジャー村上春樹江藤淳を話題にしてきた坪内祐三が、「新潮」最新号に「福田章二論」を書いている。福田章二とは、『赤頭巾』発表以前の庄司薫のこと。しかもこの評論、単発だと思ったらつづきが予定されている。このへんの坪内の執筆動向は、けっこう気になっている。
(関連雑記http://d.hatena.ne.jp/ending/00000603