ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

朗読劇『電車男』、『イニシエーション・ラブ』

思いついたまま、連想を並べることにする。

電車男』に声優女

電車男』が、朗読劇になるそうだ。あの話は2ちゃんねるでのやりとりで進むという、シチュエーションの面白さなわけだから、キャラの実体を写さなければならないテレビ化や映画化では、大幅にストーリーを変更しなければならないだろう。アニメ化するにしても、そうだろう。でも、朗読劇ならば、キャラを動かして“見せる”必要はないから、原文を忠実になぞればいいように思える。それこそ、まんま読めばいいのかもしれない。
でも、匿名掲示板でのやりとりは、互いが誰だかわからない、性別だって本人の申告とは逆かもしれないって性質のものだ。それに対し、“声”の実体を与えてしまうのでは、“虚実”微妙なバランスで楽しまれてきた『電車男』に、下手なリアリズムを持ち込むことになるのではないか――と朗読劇化のニュースを最初知った時には、思った。
しかし、それを演じるのはアニメ声優だという。おまけに、電車男役は朴ろ美という女性だそうな。なるほど。アニメの世界では、年齢や性差の違う役に声をあてることが普通に行われているわけで、ここにも別種の“虚実”あわせ呑む感覚がある。ならば演出ががんばれば、2ちゃんねる的“虚実”バランスとアニメ声優的“虚実”バランスをかけあわせて、朗読劇ならではの“虚実”バランスを作ることも、あるいは可能かもしれない。
――と好意的に書いてみたものの、実際はどうなんでしょう? アキバ系オタクの童貞喪失サクセス・ストーリーをマルチ商売にするため、客として見込まれるアキバ系オタクに人気のありそうなアニメ声優を集めて企画してみました、ということに安住しなければいいんですけどね――と朗読劇を見に行く予定なんて全然ないくせに、危惧を表明したくなるのでした。大きなお世話ですかそうですか。

イニシエーション・ラブ』と『電車男

イニシエーション・ラブ (ミステリー・リーグ)
今年躍進したミステリ作家といえば、『イニシエーション・ラブ』の乾くるみである。『本ミス』ISBN:456203856X、『このミス』ISBN:4796644067。これまで乾はメフィスト賞作家のなかでは、森博嗣清涼院流水という安定した“大家”(もはやそうだろう)と西尾維新らの新勢力の谷間で居心地悪くしている感じがあった。だが、『イニラブ』への注目、続く『リピート』ISBN:4163233504ことで、ようやく自分の立ち位置を見出したのではないか。
ところで、『イニラブ』への注目は、特にネットで熱かったように思うのは気のせいか? 『電車男』ブームと『イニラブ』への注目が同じ年だったのは偶然とは思えない。どちらも童貞喪失の物語で、ヒロインに対する『イニラブ』のたっくんの純朴さは、電車男にけっこう近い印象だ。そして、二つのお話とも、恋愛の成り行き自体はべつに波乱万丈とかオリジナリティにあふれているとかではなくむしろ平凡で、その恋愛を取り巻くけったいなシチュエーション、語られかたの仕掛けがあるために面白いという点も共通している。ネット普及以前の80年代を舞台にした『イニラブ』のトリックには、『電車男』恋愛譚がネット上で展開されていたがゆえの“虚実”バランスを、“新本格ミステリ”の“虚実”バランスに翻訳したみたいな感触がある(執筆時期から考えて『イニラブ』が『電車男』を意識して構想されたとは考えられないので、これは結果的な見立てでしかないけれど)。
作品内の仕掛けと恋愛が響きあっていて、青春小説として読んだ場合の読後感にトリックの存在が独特なニュアンスを与えること――これが綾辻行人十角館の殺人』や有栖川有栖『月光ゲーム』など初期の若手新本格を特徴づけていた要素だった。今年は、麻耶雄嵩『螢』ISBN:434400664X『イニラブ』が、初期新本格にあった面白さを思い出させてくれた気がする。館ものの『螢』に比べ、最後のページまで恋愛小説を装い続ける『イニラブ』には、いかにも“新本格”と感じる類のおどろおどろしいガジェットは出てこない。しかし、そこにある乾の創作姿勢は、恐ろしく“新本格”っぽいのだ。
(おまけ:『イニラブ』の場合、『電車男』的“虚実”性を一つのトリックに「えいやっ」と単純化したみたいな面白さがある。一方、逆にネット環境での恋愛劇を複雑化して本格ミステリに演出したのが黒田研二『幻影のペルセポネ』ISBN:4163233008。『イニラブ』と『ペルセポネ』では、ミステリとしての構造がまるで違うけれど、恋愛青春ものとしてのテイストでは意外に近しいところがあると思う)