ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

「新宿城」、『ダンボールハウス』

昨日記した『≒会田誠〜無気力大陸〜』では、パリのカルティエ現代美術財団美術館で催された「ぬりえ展」(2002年)において、会田が「新宿城」を再現する姿にも時間を割いていた。
「新宿城」とは、なんとも大沢在昌馳星周的に響く言葉だが、ハードボイルドやノワールとはまったく関係ない。会田が天守閣つきの日本的なお城を段ボールでこさえ、新宿西口に置いて都清掃局に撤去されたという武勇伝が「新宿城」である。あの、やたらめったら高圧的なたたずまいで人々を見下ろす東京都庁と、その近くに多く住まうホームレスたちの吹けば飛ぶような段ボールハウスとの落差。それをわかりやすく風刺した現代アートなわけだった。
なるほど、段ボールハウスは、常にいつ撤去されるかわからない外圧にさらされながら立っているわけで、城が敵からの攻撃を前提に築かれるのと性格がかぶる。そう考えると「新宿城」という発想もうなずける。
ただし、城は守り抜くことを目標にできるだけ堅固に建てられるのに対し、段ボールハウスの場合、当局に負けて撤去されることがどこか想定の範囲内というか、あらかじめもろい素材で立てられ、ここがダメならまたどこかで作り直せばいいや的な、腰の据わらない風情だ。それがやるせない。
ダンボールハウス
9月に出版された長嶋千聡ダンボールハウス』が面白い。建築学科の学生の卒業レポートが発展し、一冊の本になったもの。まるで隣の晩ごはんをいただくヨネスケのようにホームレスを訪問し、住人と仲良くなり、その段ボールハウスの建築データを聞き出している。
構造的強度や保温性、セキュリティなどに関する考察、および家主とのやりとりを書きとめた文章と、

施工人数 1人
築年数 1年半
工期 1日
工費 5000円
材料 パレット2枚、角材、ビニールシート(青4枚)、など
特記事項 毎回、柵をまたがないとハウス入り口にたどり着けないのが少々不便。

――などといかにも「建築学科」的に記述したデータ部分からなる。
ミステリ作品における密室殺人現場の数々を、エッセイと見取図&イラストで紹介した『有栖川有栖の密室大図鑑』(文:有栖川有栖、画:磯田和一)ISBN:4101204322ダンボールハウスを対象にしてやった感じ――と書けば通じる人もいるか。館ものの図面を見ると興奮する人には、ダンボールハウスの見取り図も変化球として面白いんじゃない?
ダンボールハウス』でフィールドワークされた住まいをながめていると、人が暮らすってなんだろう、生きるってなんだろう、と素朴に考え込んでしまう。調査エリアが名古屋だったため、ここに紹介された住居の数々は「愛・地球博」がらみで、その後ほとんど撤去されたそうだ。それを知り、また切なくなってしまった(全体的には、ユーモラスな本なんだけどね)。


段ボールハウス関連では、OLがホームレスになる萱野葵『ダンボールハウスガール』ISBN:4043607016、けっこう面白く読んだ記憶がある(米倉涼子主演の映画版はなんだかなー、だったが)。
また、ホームレスの段ボールハウスとは異なるが、強化段ボールによる簡易住宅で事件が起きる短編「紙の家」が、谺健二『恋霊館事件』ISBN:4334736629。こちらは阪神淡路大震災を経験した作者ならではの、住居に対する鋭敏な感覚が伝わる作品集だった。