ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

コンピュータのキーボードとケータイのボタン

(小説系雑誌つまみ食い 18−−「群像」6月号、「新潮」6月号)

橋本勝也「具体的な指触り」

群像 2007年 06月号 [雑誌]
「群像」6月号に、群像新人文学賞評論部門の優秀作として、橋本勝也「具体的(デジタル)な指触り(キータッチ)」が掲載されている。すでに一部で話題にされているが、この評論はSF評論賞に落選したものだという。
http://d.hatena.ne.jp/otokinoki/
http://www.hirokiazuma.com/blog/


橋本は、セカイ系を批判しつつ、村上春樹の『海辺のカフカ』や『アフターダーク』を論じている。そこでは、読者が小説に対して働かせた想像力の責任が語られる。そして、読者を「キーボードの操作主体」に喩えつつ、小説中に描かれなかった救済を読者自身がプログラミングし想起すべきだという方向に論を進めていく。
この評論は、ゲームの登場人物や世界を操作するプレイヤーという立場の責任や主体性を問う姿勢において、東浩紀ササキバラゴウ佐藤心あたりのギャルゲー論を引き継いでいる。この種の議論で、春樹は定番のネタでもある。
確かに橋本の用語の持ち出しかた、文体などには粗さがあり、優秀作どまりなのは理解できるが、僕はそれなりに面白く読んだ。「群像」よりも「ファウスト」、(以前の「新現実」)、あるいは「限界小説書評」(e−NOVELS)あたりに掲載されたほうが、ふさわしいようなテーマではあるけれど……。


それにしても気になったのが、文章に傍点をふった箇所がやたらと多かったこと。そんなに文章のあちこちを強調されると、最初から最後まで大声張り上げてるカラオケを聞かされたようなもので、疲れる。傍点の多用は、書いた文章の手応えを本人が求めすぎた結果にみえる。論者自身が「具体的な指触り」を欲しがりすぎて、キーボードを叩きすぎたのではないか――とか言いたくなる。
プログラミング言語」という用語も出てくるので、この評論でいう「操作主体」は、基本的に腰かけてコンピュータのキーボードを叩いている人のイメージだろう。
一方、「具体的な指触り」には、ちょっと唐突にYoshiを批判した部分がある。麻原彰晃と女性信者たちの関係をエロゲーに見立て、オウム真理教の「洗脳」を論じた直後、橋本はこう述べる。

作者は過去の作品を精読することで心理描写の技術を習得する必要などもはやない。心理描写の技術など稚拙でいい。稚拙な心理描写でも「洗脳」技法を駆使すれば読者に届いてしまうのだ、とYoshiなら答えるだろう。

(引用者注:原文の傍点は省いた)

『Deep Love』シリーズasin:4883810089で知られるYoshiは、ケータイ小説をポピュラーなものにした人。彼に対する批判を、橋本はたいした説明もせずに書きつける。それは生理的嫌悪感に近いものではないか。
合間合間に立ったままでも、あるいは歩きながらでも操作できるケータイのボタンは、腰かけてキーボードを叩くことが一般的なコンピュータほどには、「具体的な指触り」、強いキータッチを必要としていない――そんな批判的感覚を、橋本は持っているのではないか。

ケータイ小説

新潮 2007年 06月号 [雑誌]
「新潮」6月号に、東浩紀仲俣暁生の対談「工学化する都市・生・文化」が掲載されている。
そのなかで東は、トーハンの文芸書売り上げベストテンにケータイ小説が並んでいたことに触れ、こう述べている。

ケータイ小説の読者層はいわゆるヤンキーが中心だと思いますが、今まで彼らはあまり小説を読むと思われてなかった。

東はこの対談において、既存の小説界が彼らにとって意外な読者層を発見したという意味で、ライトノベルケータイ小説を並べている。
しかし、東が「操作主体」としての読者(彼の用語では「プレイヤー視点」)を論じた『ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2』asin:4061498835で想定していたのは、パソコンのキーボードやゲームのコントローラーを腰かけて操るような「視点」だったと思う。
そんなパソコンやゲームと、動き回る人が動き回る人と交信できるケータイでは、プレイヤー=読者として、機器との係わりかたが異なるはず。キーボード/ボタンへのタッチのしかたや、強弱だって違う。ラノベ美少女ゲームを論じた『ゲーム的リアリズムの誕生』の用語でいえば、ケータイ小説には、また別の「環境分析」が必要とされるだろうってことだ。
さらに、ケータイでケータイ小説を読むのと、コンビニでマンガの隣に置かれる活字横組みの本でケータイ小説を読むのでは、それこそ「環境」が違う。
このへんについては、今後考えていきたいと思う。
(関連雑記http://d.hatena.ne.jp/ending/20070410#p1

  • 10日昼の献立
    • カレー(昨夜の煮物の残りに「ジャワカレー」のルー)
    • 焼いたフランスパン
    • わかめのスープ
    • 水菜とひじき(ポン酢、ごま油)
  • 10日夜の献立
    • シューマイ(市販品)
    • 小松菜の炒め浸し(サラダ油、ごま油、めんつゆ)
    • キャベツとあぶらげの味噌汁
    • きんぴらごぼう
    • 胚芽米ごはん
    • 雑酒、チューハイ