ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

「文蔵」7・8、「小説現代」6&7の合併号

 

文蔵 2020.7・8

文蔵 2020.7・8

  • 発売日: 2020/06/23
  • メディア: Kindle
 

 「文蔵」最新号の特集「「医療小説」の進化を追え!」。「危機の現代こそ読むべき名作15選」(末國善己)が、新型コロナの話題から始めて奈良時代天然痘流行を描いた澤田瞳子『火定』へと一気に昔へ遡るあたり、人類と感染症のつきあいの長さを思い知らされてめまいがする。

 

 

小説現代 2020年 06・07月 合併号 [雑誌]

小説現代 2020年 06・07月 合併号 [雑誌]

  • 発売日: 2020/06/22
  • メディア: 雑誌
 

 コロナの影響で今月刊の小説誌は合併号が多い。「小説現代」最新号もそう。「緊急特集 この災厄に思うこと」で11人がコロナ禍についてエッセイを書いている(作家ばかりでなく、四千頭身後藤拓実も。彼は同誌に連載を持っている)

 同号のコロナ禍をめぐるエッセイとしては、特集以上に印象的なのが新井見枝香の連載「きれいな言葉より素直な叫び」第十二回。9年前の3月11日を回想しつつ緊急事態宣言前の同日のストリップ劇場への出演をふり返っている。

 そこで語られる人との距離感。コロナのせいで、人々はこうしたライヴ体験の機会を奪われたのだなとあらためて思う。

 少し前、アイドルや元アイドルによる小説やエッセイについて書く機会があった。それらの多くで「見る-見られる」や自意識がテーマになっていたことから、新井の近況を綴った連載エッセイにも興味を持ち、遅ればせながら読み始めたのである。書店員として有名なこの人が、ストリップ・デビューしたことには驚いたのだった。

 

 

最近の自分の仕事

-古川日出男『おおきな森』、麻生享志『『ミス・サイゴン』の世界 戦禍のベトナムをくぐり抜けて』の紹介 → 「小説宝石」7月号 https://www.bookbang.jp/review/article/628794

 

小説宝石 2020年 07 月号 [雑誌]

小説宝石 2020年 07 月号 [雑誌]

  • 発売日: 2020/06/22
  • メディア: 雑誌
 

 

 

おおきな森

おおきな森

 

 

 

 

「小説トリッパー」25周年

 

 創刊25周年なのね。先日、リアルサウンドに寄せたJ文学回顧(下記↓)は、同誌2000夏季号に書いた清涼院流水論「POSシステム上に出現した「J」」で“J”に注目したことの延長線上にある内容だった。20年前か……。

小説トリッパー」2001秋季号に中島梓/栗本薫論を執筆時には、阿部和重シンセミア』が連載中だった(同作中の「池谷真吾」は当時の担当編集/現・編集長の名)。そして、時間は流れ、同作から始まる三部作の完結編『オーガ(ニ)ズム』について昨年、阿部氏にインタビューできたのは、感慨深かった。

 

  京極夏彦姑獲鳥の夏』も25周年だそうな。二十ヵ月身ごもったままの妊婦を中心に、出産をめぐるあれこれが語られるこの小説。発表当時、反出生主義って言葉はまだ流通してなかったよな、と思ってみたり。

https://mitsui-shopping-park.com/ec/special_book_190418 

 

 

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 いつもはこんなことしないけど、↑これら4冊を並行して読みつつ、某賞下読みを進めている。外出回数を減らした反動で、とにかく目先を変えたくなってるのかも。かといって、この4冊に関連性がないわけではない。

 

 

最近の自分の仕事

-阿部和重町田康赤坂真理……“J文学”とは何だったのか? 90年代後半「Jの字」に託された期待 https://realsound.jp/book/2020/06/post-567815.html

「J」

 私は2000年に「POSシステム上に出現した『J』」と題した清涼院流水論を「小説トリッパー」に寄稿して、それが評論家としてのステップボードになったのだった。

「J」とは清涼院のJDCシリーズの「J」であるだけでなく、もちろんJポップやJ文学など、当時のやたらじぇいじぇいいいたがる風潮を踏まえたものだった。

 その意味ではこのインタビュー↓でJ文学の発信地だった「文藝」の現編集長とJ文学をふり返ったのは、感慨深いものがあった。

 

 

最近の自分の仕事

-『文藝』編集長・坂上陽子が語る、文芸誌のこれから「新しさを求める伝統を受け継ぐしかない」(文・取材)https://realsound.jp/book/2020/05/post-558694.html

 

文藝 2020年夏季号

文藝 2020年夏季号

  • 発売日: 2020/04/07
  • メディア: 雑誌
 

 

『タワーリング・インフェルノ』

#30DayFilmChallenge

DAY 7  a film that you will never get tierd of

初めて劇場で観た洋画。閉鎖空間で人々が右往左往する様子に引きつけられる。

https://www.youtube.com/watch?v=Kr6l87i9oAI

 私のディストピアへのこだわりと『タワーリング・インフェルノ』はつながっている気がする。作中で炎上するビルは「グラスタワー」と呼ばれ、ガラス張りが強調されている。後にドストエフスキー地下室の手記』を読んだ際、作中において、管理された空間としてディストピア的に語られ批判的に扱われる水晶宮を、私は「グラスタワー」と重ねて受けとったのだ。

 また、超高層の建物の崩壊は『聖書』の「バベルの塔」の話へとさかのぼれる。

 密室、館、嵐の孤島などがよく舞台に選ばれる本格ミステリに興味を持ったのも、『タワーリング・インフェルノ』で閉鎖空間の面白さを知ったことが根っこにあるのではないか。

 この映画は、私にとって1つの原イメージになっているわけだ。

 

 2020年第51回星雲賞ノンフィクション部門の参考候補作に『ディストピア・フィクション論 悪夢の現実と対峙する想像力』が入っていた。ありがたいことだ。

http://www.sf-fan.gr.jp/awards/2020result.html

 

最近の自分の仕事

-『コロナの時代の僕ら』から考える、コロナ禍とミステリ小説の相似 https://realsound.jp/book/2020/04/post-545324.html

-日本推理作家協会編『殺意の隘路 日本ベストミステリー選集 上』『同 下』各巻の解説

 

 

 

 

『ディストピア・フィクション論』発売一周年

 

 

 昨年の今日、『ディストピア・フィクション論 悪夢の現実と対峙する想像力』を発売したのだが、1年後に現実世界がここまでディストピア化するとは想像していなかった。

 

 同書刊行記念の速水健朗とのイベント「悪夢の現実と対峙する想像力」(2019年9月10日、ゲンロンカフェ)では、桐野夏生『ハピネス』、新海誠『天気の子』、『トイ・ストーリー』シリーズ、クリスティーナ・ダルチャー『声の物語』、ナオミ・オルダーマン『パワー』などについて話した。

 藤田直哉の連続トーク「震災後文学を語る集い」に登壇した時には、『ディズニーの隣の風景』にも記した3.11直後の浦安を語ったほか、佐々涼子『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている』、北条裕子『美しい顔』、藤田直哉『娯楽としての炎上 ポスト・トゥルース時代のミステリ』などに言及(2019年10月19日、双子のライオン堂)。

 ゲンロンカフェのイベント、大森望×松下隆志「社会主義ディストピア、資本主義のユートピア 『われら』光文社古典新訳文庫版刊行記念イベント」(2019年11月7日)に飛び入り出演した際は、様々なディストピア小説のほか、「科学的管理法殺人事件」や『悪魔の飽食』など、社会や企業の抑圧的管理や、人をマルタと呼びモノ扱いして実験材料にした日本軍の非人道性を批判した森村誠一を話題にした。

 また、産経新聞ディストピア作品をとりあげた記事でコメント取材を受けた(2019年9月2日付)。

 コロナ禍に関連しては、感染症フィクションの古典であるカミュ『ペスト』、小松左京復活の日』を評した後、2週連続でラジオ出演してそれぞれの作品について語った(TOKYO FM 「ONE MORNING」2020年4月8日、15日)

 

 格差社会化が進んだ平成史を描いた『Blue』の葉真中顕、来日中のアメリカ大統領に核テロが迫る『オーガ(ニ)ズム』の阿部和重、地球に異星からの危機が迫る劉慈欣『三体』を訳した大森望へのそれぞれのインタヴューを担当し、加えて作品評を執筆。

 

 第二次世界大戦中のドイツでヒトラーを心の友だちとする少年を主人公にした映画『ジョジョ・ラビット』の最後に流れるデヴィッド・ボウイ“ヒーローズ”は、どのような意味を持っているか。あるいは、2019年を舞台にしていた『ブレードランナー』など、かつて映画で描かれた未来が現在となり過去となっていったこと。そうしたテーマの原稿も書いた。

 

 さらに、澤村伊智『ファミリーランド』、米澤穂信『Iの悲劇』、村田沙耶香『変半身』、穂波了『月の落とし子』、テッド・チャン『息吹』、高山羽根子『如何様』、毛利嘉孝バンクシー アート・テロリスト』、古川真人『背高泡立草』、木村友祐『幼な子の聖戦』、宇野常寛『遅いインターネット』、藤井太洋『ワン・モア・ヌーク』、李龍徳『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』、小松左京首都消失』、パオロ・ジョルダーノ『コロナの時代の僕ら』といった作品を書評やブックガイドでとりあげ、下村敦史『フェイク・ボーダー 難民調査官』の文庫解説を担当した。差別、ジェンダー、分断、情報、技術、都市と地方、災厄、グローバリズム、戦争、核など、ディストピアにまつわるモチーフを含む作品に注目してきたのである。

 

 ここに抜き出した『ディストピア・フィクション論』刊行以後の仕事は、いずれも同書とその一つ前の『戦後サブカル年代記 日本人が愛した「終末」と「再生」』の問題意識を受け継いだ形で取り組んできたものだ。2冊は、2001年の3.11のインパクトとその後の日本や世界の社会の変化を意識して書かれた。そして、新型コロナウイルス感染症に対する緊急事態宣言の直前まで、この国は、原発事故を伴った東日本大震災から復興を掲げた東京2020オリンピックの準備をしていたのである。震災以後とコロナ禍が連続してしまったのであり、終末観やディストピアをめぐる思考を、なおさら止めるわけにはいかなくなってしまった。

 いずれ『戦後サブカル年代記』、『ディストピア・フィクション論』のその後について、新たな本をまとめたいと考えている。

 

 

最近の自分の仕事

-デヴィッド・ボウイ「ヒーローズ」はなぜ普遍的な名曲であり続ける? 映画『ジョジョ・ラビット』から紐解く”英雄”の意味 https://realsound.jp/2020/03/post-518173.html

-星野源、文筆家としての表現は「私」に近い――『蘇える変態』ほか、代表的エッセイを読み解く https://realsound.jp/book/2020/03/post-521249.html

-古川真人『背高泡立草』、TVOD『ポスト・サブカル焼け跡派』、木村友祐『幼な子の聖戦』の紹介 → 「モノマスター」5月号

-カミュ『ペスト』の“予言”と小松左京復活の日』の“警告”ーー感染症を描く古典は“不感症”への予防接種となるか https://realsound.jp/book/2020/03/post-527959.html

-森谷明子『涼子点景1964』書評 → 「ハヤカワミステリマガジン」5月号

-相沢沙呼インタヴュー、「夜明けの紅い音楽箱」(とりあげたのは真下みこと『#柚莉愛とかくれんぼ』) → 「ジャーロ」No.71

-メフィスト賞受賞作刊行記念特集 第62回受賞 五十嵐律人『法廷遊戯』の書評https://tree-novel.com/works/episode/7529d8626056759859e15d7691f6f046.html、第61回受賞『#柚莉愛とかくれんぼ』真下みこと初めてのインタヴューの聞き手 https://tree-novel.com/works/episode/4061b1c311c24d37b6a1b109cdf47ce3.html →「メフィスト」2020 vol.1

-『復活の日』『首都消失』で再注目 小松左京がシミュレーションした、危機的状況の日本 https://realsound.jp/book/2020/04/post-541314.html

-カミュ『ペスト』、小松左京復活の日』に関するコメントでラジオ出演 → TOKYO FM 「ONE MORNING」4月8日、15日

-李龍徳『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』、藤野可織ピエタとトランジ〈完全版〉』の紹介 → 「小説宝石」5月号 https://www.bookbang.jp/review/article/621282

-紗倉まな『春、死なん』、宇野常寛『遅いインターネット』、藤井太洋『ワン・モア・ヌーク』の紹介 → 「モノマスター」6月号

遠藤周作『沈黙』

 

   金承哲『痕跡と追跡の文学』読了。遠藤のキリスト教文学が、探偵小説の手法をいかにとり入れていたかを論じている。まどろっこしい記述に難はなるが、着眼点が面白く、興味深く読んだ。 

 終章は『沈黙』の分析である。

沈黙 (新潮文庫)

沈黙 (新潮文庫)

  • 作者:遠藤 周作
  • 発売日: 1981/10/19
  • メディア: 文庫
 

 私も『ディストピア・フィクション論』でも触れたけど、安倍晋三は『沈黙』を愛読書に挙げていて彼名義の新書『美しい国へ』にはこうある。

 

美しい国へ (文春新書)

美しい国へ (文春新書)

 

 

  なにかに帰属するということは、そのように選択を迫られ、決断をくだすことのくりかえしである。

 

 身の処し方といいかえてもよいが、そういう人の人生には張りがある。

 他の場に出された安倍名義の愛読書に関する文章でもこんな感じだ。

 漢字も言葉もろくにわかっていない安倍だから文学など読めるはずがない。

 踏絵で棄教を迫られる『沈黙』は、政治的な転向との類比でむしろ左翼的な観点から読まれることのほうが多かった。そもそも安倍向きではない。選択や決断が困難な弱い人間に弱いキリストが寄り添う。幻視されたその光景に希望を託す。遠藤が描く信仰のありかたは、そのようなものだ。

「身の処し方」とか「そういう人の人生には張りがある」なんて勇まし気な内容では、まるでない。

 それはともかく、『遠藤周作と探偵小説 痕跡と追跡の文学』は、いろいろ示唆されるところがあったので、同書から考えたことはいずれあらためて書いてみたい。

 

 

最近の自分の仕事

-映画『ボヘミアン・ラプソディ』では描かれなかったクイーンの実像――出版相次ぐ関連書籍から読み解くhttps://realsound.jp/book/2020/01/post-494695.html

-前川裕著『クリーピー ラバーズ』の文庫解説

-学校と病院はサスペンスにうってつけ? 『シグナル100』『仮面病棟』など“閉鎖空間”が人気のワケ https://realsound.jp/movie/2020/02/post-502054.html

-松井玲奈高山一実、大木亜希子、姫乃たま……アイドルの文章に共通する”熱”とは? https://realsound.jp/book/2020/02/post-504091.html

-歌田年『紙鑑定士の事件ファイル 模型の家の殺人』、宇野惟正・田中宗一郎『2010s』の紹介 → 「小説宝石」3月号

『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』

スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』、ようやく行って来た。なるほどこれはディズニー映画だなぁ、『アナ雪2』の時と似た気分になるなぁと思いつつ見ていた。ポリコレに配慮した多様性のキャスティング、役回りの分配でありながら、結局、血筋や家柄をロマンティックに扱っているし。

 前作でばらけたところを無理矢理収束に持ちこみ、エンディングであのシリーズ初公開作(エピソード4/新たな希望)と対応したシーンを持ってきた。まあ、ブックエンド形式的な終わりかたをすれば、途中がちらかり放題でも、さもまとまったかのような錯覚を誘えるものねえ、と意地悪に考えてもいた。でも、あの夕陽を見せられると、1977年の中学生時代にワクワクして見た身とすれば、当然記憶が蘇って感慨深く思うわけで、ずるいなー、ずるいなー、と。

 なんだかんだで楽しかったです。