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(「クロ(ック)ニクル/レヴュー」第1回 2004.5.10記)
東京都現代美術館 2004.4.17−6.27
会場に入ると間もなく、脚立が見えた。ビートルズ・ファンなら知っているアレだ。
梯子を上って天井を虫眼鏡で見たら、小さく「YES」と書いてあった。否定的でなく肯定的な言葉だったので、しばらくいる気になった。――現代芸術家オノ・ヨーコとの出会いを、ジョン・レノンはそう語っていた。1966年、インディカ・ギャラリーでの出来事。
今回のヨーコ回顧展には、その作品〈天井の絵/YES・ペインティング〉もあった。当然、私も上りたくなって近づいたら、「作品には触れないでください」と、いかにも美術館らしい注意書きがあった。〈釘を打つための絵〉も出展されていた。「5シリング払うなら打ってもいい」と言うヨーコに、「想像の釘を打つならいい?」とジョンが返した作品である。答を聞いたヨーコは、同じ考えかたの人に出会えたと思ったそうな。この展示にも「触れないでください」の注意書きが……。
彼女の作品は、陳列すること自体には意味がない。例えば、「キャンバスに任意の時間にマッチで火をつけ、煙の動きをみる。」と文章を書いただけの〈煙の絵〉。インストラクション・アート(指示する芸術)で出発したヨーコの典型的な作品である。本当に火をつける必要はない。ヨーコがくれたきっかけを使い、見る側は想像を遊ばせればいい。客とヨーコによる想像力の会話。それが作品。だから、「触れないで」なんて会話を拒絶するセリフがあると、作品は色あせる。客が参加して想像を転がせるよう、レプリカでも置けばいいのに。そのほうが逆に、本物の働きをする。
私が一番楽しめたのは、〈青い部屋のイヴェント〉だった。白い壁に小さな字が並ぶ。「この部屋は雲と同じ速さで動く」「この部屋は毎日ゆっくりと蒸発する」……。次々に想像すると、空間が変形し始める。頭がクラクラする。ケミカルいらずのサイケデリック。
会場の後半には、チェスの駒を進める、小石を積むなど、客が具体的に参加できる作品もあった。だが、〈願かけの木〉には当惑した。願いを書いた短冊を客がつるすのだが、「ラヴ&ピース」「WAR IS OVER」なんて内容が大半なのである。みんながジョン&ヨーコの文句をなぞるばかりで、気持ち悪い。「イマジン=想像してごらん」こそ、ヨーコがジョンに伝えた基本姿勢なのに、短冊は真似の羅列。戦時下に育ち平和な状態など思い描けない人々を想像してみろと毒づきたくなる。だから、「俺の人生、思い通り」と書いた短冊を発見した時には、笑えた。「イマジン」という言葉への名訳かもしれない。どこかにわがままさがなければ、それは想像と呼ぶに値しない。そんな気もするので。
ふと、梯子に「触れないで」の注意書きがなく、上れたらどうだったろうと思った。既にある文句を繰り返した短冊を批判する私は、ジョンとは違う感想をいえるのか。あやしいものだ。なにかをなぞる形でしか想像できない――その呪縛の外に出るのは難しい。