ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

映画『ノミ・ソング』

昨日、シアターイメージフォーラムで、80年代ニューウェイヴのあだ花、クラウス・ノミのドキュメンタリーを見た。あの異様なヘアスタイル&メイクのノミが、スカートをはいたデヴィッド・ボウイと共演したTV映像をはじめ、興味深い場面がいろいろ出てきた。
この種の映画の常として、関係者複数がインタヴューを受け、当時を振り返っている。そのインタヴューのほとんどが、星の描かれた背景があったり、オブジェや模型と一緒だったり、書割めいた嘘くさい空間で撮られている。極めつけは、ノミのおばさんの声が流れる部分。おばさん本人ではなく立て看板風に加工した写真がミニチュア・セットに置かれ、そこにインタヴューの音声が流されるのだ。
ニューウェイヴの頃には、ボウイ的な宇宙人イメージを打ち出すアーティストが多く、ノミはそれを極端に演じた人だった。今回の映画では、古いSF映画の映像をオープニングとエンディングで流し、ドキュメンタリーをはさむ構成になっている。そうすることで、ノミがSFと地続きの存在だったと伝えている。
『ノミ・ソング』は真実を開陳するドキュメンタリーのはずなのに、全体としては、むしろフィクション性が強調されている。このへんの虚実混交ぶりが、いかにも80年代ニューウェイヴ的。
オペラ・ロック(紙ジャケット仕様)
オペラ的であることをトレードマークにしたヴォーカリストとしては、ノミ以前からフレディ・マーキュリーがいた。フレディもAIDSになったわけだが、彼の亡くなった91年頃には、誰もがかかりうる病だという啓蒙がそれなりに進みつつある時期だった。
しかし、1983年に「エイズで一番最初に死んだ、天上の歌声を持つ異形の歌姫クラウス・ノミ」(チラシの文句から)の時代、その病気はまだ謎だらけだった。ゲイの病と考えられ偏見が持たれていたし、どんな風に感染するか噂ばかり先走っていた。このため、ノミの晩年は、近づく人も少なかったらしい。SFを演じていた彼は、気がつけば恐怖映画のモンスターの役割を押しつけられていたのだ。イメージの遊びで世に知られたノミは、イメージに追いつめられた。
このことに関する悔恨は、関係者から当然語られている。そして、ノミの人生にまつわることに最も憤りを表した女性の知人だけは、普通の部屋(どこかの店内か)でインタヴュー撮影されており、窓からは人々が行き来する日常風景が見えていた。
映画を見終わった後、ノミはあの窓から見えた日常には戻れなかったのだなぁ、と思うと、ちょっと哀しくなった。