ナベプロ副社長の渡辺美佐も一部プロデュースにかかわった1970年の大阪万博を揶揄するくだりが出てくるのが、この本。
昨今のオタク・ビジネス振興ブーム、その国策性に思いっきり冷水を浴びせるのが主眼で、ついでに“萌え”を取り込んで海外進出する現代美術周辺をボロカスいっている。
『「戦時下」のおたく』(ササキバラ・ゴウ編)ISBN:4048839292く、大塚は『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』で、現在のおたくカルチャーは戦時下に起源を持つと主張する。それに関連して、村上隆がニューヨークで開催した「リトルボーイ」展を批判する。「リトルボーイ」とは広島に投下された原爆の呼び名であり、村上はその爆発が残した日本のサブカルチャーへの影響をテーマにこのアート展を企画した。これに対し大塚は、投下を正義とするアメリカで開催を許されるような原爆テーマ展が、いかに去勢された内容であるかを痛罵するわけ。
そして、サブカルチャー的なものに「日本」を発見する岡田斗司夫や「現代美術系の人たち」(森川嘉一郎、村上隆、磯崎新あたり)は、大阪万博を過大評価するが、あれは西洋視点を経由したイベントにすぎなかった――と嘲笑する。それこそ大塚は、「現代美術系の人たち」はどいつもこいつも馬鹿ばかり、ってな態度で、そっくりかえって気持ちよさそうに語り倒す。
けれど、美術評論家の椹木野衣は『戦争と万博』で大阪万博にあった国策性を指摘していたし、「太陽の塔」を作った岡本太郎の日本と西洋の狭間で育まれた創作姿勢をたどる著作も刊行していた。村上隆とたびたび対談している椹木のことは当然、村上を批判対象とする大塚の視野に入っていたはず。
また、「戦争記録画」(軍部が戦時に描かせた絵画)をテーマにした会田誠の「戦争画RETURNS」シリーズから「美しい旗」を、文庫化された自著の表紙に選んだのは大塚自身だった(『「彼女たち」の連合赤軍――サブカルチャーと戦後民主主義』と『少女たちの「かわいい」天皇――サブカルチャー天皇論』)。 会田には「巨大フジ隊員VSキングギドラ」 って絵があるくらいで、村上隆とはまた別に、“戦時下”とおたくカルチャーの距離を表現した現代美術家といえる(椹木が評価する一人でもある)。「戦争画RETURNS」を表紙に選んだんだから、村上隆のことはともかく、大塚は会田誠は評価してたんでしょ?
ところが、『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』では、大塚の問題意識とも関係するはずの椹木や会田の存在がないかのごとく話は転がされ、現代美術は一方的に罵倒される。
フェアじゃ、ねえよなぁ。
(関連雑記http://d.hatena.ne.jp/ending/20051021#p1 / http://d.hatena.ne.jp/ending/20050403)