ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

歌舞伎座「夜叉ヶ池」「海神別荘」

昨日の観劇。泉鏡花づくしの七月大歌舞伎のうち、昼の部。
2演目とも、全体としては視覚効果の高い舞台だったが、セリフ中心で所作の少ない場面になると、ちょっと退屈した。歌舞伎的な歌うかのようなセリフ回しではなく、現代語に近い言葉使いのせいだろうか……。
しかし、両演目とも興味深い内容ではあった。本で読んだ際には反近代的で古風と思われた鏡花の幻想譚が、“大歌舞伎”という古典芸能のフレームのなかで見ると、(演出のせいもあるが)むしろ近代的に感じられた。2作品とも、歌舞伎の定番に対する“ツッコミ”みたいな要素を含んでいる。そのことが近代性を醸し出し、“演出家・坂東玉三郎”を惹きつけもしたのだろう。

「夜叉ヶ池」

春猿/段治郎/右近
坂東玉三郎−監修/石川耕士−演出

「夜叉ヶ池」では、池の主である白雪姫が、鐘を撞かれることによって動きを止められている。これに対し「娘道成寺」は、白拍子花子=清姫が鐘に取り憑き、蛇体に変じる話だった。異界の女が、鐘をどうにかしたいと思っている点で、2作は近しい。
また、異界の力に対する封印を解く点では、いずれも日照りに関する話だし、「鳴神」に似ている。
そして、守ろうとする者、破ろうとする者が対峙する「夜叉ヶ池」後半のアクション・シーンでは、舞台上の人員配置が、「鳴神」や「娘道成寺」のせめぎ合いの場面を継承したかのごとき構図になる。
このように「夜叉ヶ池」は、歌舞伎の典型を引き継いでいる。とはいえ、やはり“古典”ではない。洋装の人物が登場するから――だけではない。物語の舞台となる村の共同性が、“古典”からは変質しているせいだ。
村人たちは、百合を雨乞いの生贄にしようとする一方、鐘撞きによる封印は解こうとする。彼らは、昔からの慣わしを自分たちの都合で取捨選択しようとする。これに抗う鐘撞き支持者3人のうち、百合を除く2人は村落の人間ではない。外部からやってきた晃と学円である。2人は学問によって近代化された人間であるのに、彼らもまた昔ながらの鐘撞きに執着するあたりが、この共同体の倒錯ぶりを示している。
加えて、生贄実行派の旗振り役は県の代議士穴隈鉱蔵。彼は、国への個人の奉仕を演説したりする。旧来の村の掟を、近代的な国家の論理が侵食しているのだ。
そうした倒錯、侵食に翻弄される人間主人公3人と、人間たちの騒ぎなど眼中になく自分の愛に突き進む異界の精との対比が見どころか。
演出については、青い布とライティングで洪水襲来を表現した終盤が、いかにも芝居らしいダイナミックさでよかった。
ただ、次の演目に比べると主演陣の格は落ちるので、前座的な印象は否めなかった。

「海神別荘」

戌井市郎坂東玉三郎−演出/天野喜孝−美術

「夜叉ヶ池」が、水の魔力をめぐる演目だったのに続き、こちらは海底を舞台とする話。海底を統べる公子に輿入れさせられた美女が、人間から蛇体に変じてしまう――という、それこそ「娘道成寺」を思わせる基本線を持つ。
娘道成寺」の場合、変じる花子の内面を描写する感覚は弱く、現代人の眼からみると、さんざん舞踊が続いたあげく、自動的・機械的に変身してしまうかのような印象がある。
それに対し、「海神別荘」の美女は、僕たちにも理解できる戸惑い、逡巡を見せる。しかし、だからといって、内面の葛藤にフォーカスをあてる近代文学的な展開にならないのが鏡花流。「夜叉ヶ池」でも「海神別荘」でも、人間界の論理と異界の論理の狭間で人間主人公たちは揺れ動くが、最後にはあちら側の論理を受け入れ、うっとりしている。
近代以降の批評意識を持ちながらも、女形という古典芸能をベースにし続ける玉三郎は、泉鏡花にこだわる。それは、鏡花の幻想譚が近代的な波をかぶりつつも、結局そちらを選択するのでなく、あちら側にむかうからではないか。玉三郎にとっての最上の歌舞伎は、あちら側=異界のものとしてある気がする。
「海神別荘」は舞台装置も衣裳も、いかにも天野喜孝デザインのきらびやかさだった。いつもなら浄瑠璃の人たちがいる場所に、ハープ奏者がいたことにも驚いた。また、黒潮騎士たちが、決められた並びかたをして青いマントを動かし、水の揺れを表現する光景は、バレエの感覚だと思った。歌舞伎座っぽくない演出の数々が面白かった。
(関連雑記http://d.hatena.ne.jp/ending/20060417#p1

夜叉ヶ池・天守物語 (岩波文庫)

夜叉ヶ池・天守物語 (岩波文庫)

  • 20日夜の献立
    • 酢鶏(小麦粉つけてサラダ油で焦げ目がつくくらい焼いた鶏&チンゲン菜を炒め、しょう油、香酢、こしょう、水溶き片栗粉。味はよかったが、とろみがダマになってしまった)
    • きゅうり、わかめ、ミニトマトの酢のもの
    • 玄米ごはん(麻の実入り)
  • 25日夜の献立
    • あじの蒲焼
    • もやしとピーマン炒め(ゴマ油、ポン酢)
    • 玄米ピラフ
    • 桃のコンポート
    • 雑酒
  • 26日夜の献立
    • 豚肉、キャベツ、じゃがいものトマト煮(にんにく、オリーブオイル、ローズマリー、玉ねぎ、赤ワイン、ハーブ塩、こしょう)
    • きゅうり、わかめ、麩の酢のもの(若干の梅酢入り)
    • 玄米ごはん
    • 雑酒