ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

田中啓文〈永見緋太郎の事件簿〉

(2006ミステリ回想)

サックス奏者・永見緋太郎が探偵役となるシリーズの第一短編集『落下する緑』は、2005年11月に発行された。だが毎年、『このミステリーがすごい!』、『本格ミステリ・ベスト10』では、前年11月〜当年10月までを対象期間に年間を回顧しているわけで、“ミステリ年度”でみれば『落下する緑』は“2006年”の本になる
ジャズ界周辺を舞台にした〈日常の謎〉もの。作者自身がサックスを演奏するだけあって、ジャム・セッションの描写などに臨場感がある。収録短編のいくつかは雑誌掲載の段階で触れていたが、読み終わるといつもジャズが聞きたくなり、CDを引っ張り出した。とはいえ、ジャズには詳しくないし持っているCDも限られるので、チャールズ・ミンガスマイルス・デイヴィスあたりの有名どころになるけど。

(小説系雑誌つまみ食い 12――「ミステリーズ!」Vol.20)

その〈永見緋太郎の事件簿〉最新作が、「ミステリーズ!」Vol.20に載っている。
http://www.tsogen.co.jp/mysteries/index.html
今回の「酸っぱい酒」は、ブルースが題材。例によって、読み終えるとブルースが聞きたくなった。このジャンルに関しても僕は齧った程度なので、とりあえず、手元にあった《ザ・チェス・ボックス》ASIN:B00005GRTL。やっぱり、マディ・ウォーターズの〈ユー・ニード・ラヴ〉はいいなぁ。
たぶん、僕が〈永見〉シリーズを読んでから引っ張り出してくるCDは、田中啓文が執筆中に思い浮かべる音楽、アーティストとは違うはず。でも、まあ、いいでしょう。
「酸っぱい酒」は、伝説のブルースマンは誰か――という話であり、正体が明らかになってその人が歌う場面で終わる。しかし、伝説の歌声の謎が解かれ、登場人物たちがそれを聞いたにせよ、読者にとっては活字で書かれた音楽が鳴り出すわけではない。なお、幻、伝説の領域にとどまる。音楽の謎が解き明かされることで、理想の音楽という“神秘”が逆に強調されて終わる。そんな性格を持つ音楽ミステリとして、〈永見緋太郎の事件簿〉シリーズは優れている。
だから、読者としては“神秘”がどんな風に奏でられているか、夢想するのも楽しみのひとつ。
(音楽ミステリについてこのように書いてみると、なんだか、謎の解明後になお怪異が残るホラー・ミステリと近い性格があるように思えてくる)