最近の新人バンドでは、クラクソンズ《近未来の神話》asin:B000MQ4ZW6を聞いた時、ロック史から音を編集するやりかたが、そこそこバランスとれてるなぁ、と思った。でも、評価していいはずの「そこそこ」性、バランスのよさが、「ニュー・レイヴの旗手」という前評判と釣り合わないのは否めない。「旗手」、「代表選手」という前評判のイメージを基準にすると、小さくまとまっている、線が細いという風に感じられなくもない。損な話だ。
一方、クラクソンズに比べると、エンター・シカリは、まるでバランスがとれていない。メタルコアとトランスが融合しないまま、貼りあわされている。そのあからさまな無理矢理さ、下品さが、かえって楽しい。
クラクソンズ以上に批判されやすい音楽性かもしれないが、「そこそこ」からは遠い、笑っちゃうほどの無謀な強引さは、応援したくなる。
それにしても、「ニュー・レイヴ」って言葉、ピンとこないな。