ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

古市憲寿と島田雅彦

古市憲寿の初小説『平成くん、さようなら』を読んだら結末に、時代の技術水準が違うゆえの差はあるけれど、島田雅彦『天国が降ってくる』に通じる発想がみられた。
考えてみれば、サヨク青二才/ヒコクミンを偽悪的に自身や登場人物のキャラにしていた初期の島田のあまのじゃくぶりは、今の古市の炎上キャラに近いところがある。肉体性が希薄な点も2人に共通するところであり、2作の結末の親近性もそれに起因する。

平成くん、さようなら

平成くん、さようなら

天国が降ってくる (講談社文芸文庫)

天国が降ってくる (講談社文芸文庫)

『プリズナーNo.6』の二次創作

ジャーロ」最新号ではイギリスの伝説的ドラマ『プリズナーNo.6』のノベライズ小説について書いた。また、「小説宝石」9月号の小枠でとりあげた『『プリズナーno.6』完全読本』では、同ドラマの二次創作小説についても紹介されていた。
で、それらを読んで思い出したのが、昔、「ROCKIN’ ON」に『プリズナーNo.6』のパロディ小説が掲載されたこと。バックナンバーを確認したところ、1980年9月号の四本淑三「“壁”を積みあげるプリズナーとしてのピンク・フロイド ベーシスト=ロジャー・ウォータース」がそれだった。
この原稿では、フロイドのロジャー・ウォーターズが主人公のNo.6、ゲイリー・ニューマンが「村」の指導者であるNo.2という配役でお話が綴られている。フロイドはウォーターズを中心にして、壁に囲まれることをテーマにしたコンセプト・アルバム『ザ・ウォール』を制作したし、ニューマンーの代表曲は車のなかにいれば安心すると歌う“カーズ”だった。だから、「村」というディストピア的な閉域を舞台にした『プリズナーNo.6』に親和性のあるキャラクターとして彼らを配役したのだろう。
四本の同原稿には、デヴィッド・ボウイの曲名でもある「ビッグ・ブラザー」(オーウェル『一九八四年』の独裁者)という言葉が出てくるほか、ヒカシュー一風堂ブライアン・イーノシド・バレットも登場する趣向になっていた。

SONICMANIA〜SUMMERSONIC

メフィスト評論賞

法月綸太郎氏とともにメフィスト評論賞の選考委員を務めることになった。
応募要項はこちら。
http://kodansha-novels.jp/mephisto/criticism/

また、法月綸太郎×円堂都司昭メフィスト評論賞」創設記念対談の冒頭はこちら。
http://kodansha-novels.jp/mephisto/criticism/talk/
全文はこちら↓に掲載。

サマソニのマイ・タイムテーブル(仮)

今年3日間のタイムテーブルが発表されたので自分のスケジュール(仮)を組んでみた。

ベスト本格ミステリ2018 (講談社ノベルス)

下井葉子「あなたについて わたしについて」





芥川賞候補作のノンフィクション流用問題で思い出したのが、同じく群像新人文学賞を1987年に受賞し、「群像」の同年6月号に掲載された下井葉子「あなたについて わたしについて」。浦安市の図書館になかったのだが、気になったので千葉市の図書館で借り出してきた。
この受賞作は単行本化されなかったのだが、大量の引用というかサンプリングをしていて、ネタ元(三島由紀夫コクトー浅田彰紡木たくスクリッティ・ポリッティ……)も明記されていた。断章形式のこの作品には、J・ノペティというレプリカントが登場したり(当時流行したエリック・サティジムノペディ”のもじり)、「去年、マリオンビルで」という章題があったり(『去年マリエンバードで』のもじり)。
「あなたについて わたしについて」を推した選考委員は柄谷行人で、その選評は「ニューロマンティックな方向」と題され、文中には「neuromantic」なんて言葉も出てきた。80年代初頭のニューロマンティック(ヴィサージ、デュラン・デュランなどの英国エレポップ)−高橋幸宏『NEUROMANTIC ロマン神経症』(1981年)−ウィリアム・ギブスンニューロマンサー Neuromancer』(1986年翻訳)てな時代であった。
とてつもなく80年代的なポスト・モダン小説だったし、この頃の音楽を聴き返したりすると、たまに「あなたについて わたしについて」を思い出す。特に作中で“Night Porter”の歌詞が引用されてるJapanとか。

映画『わたしを離さないで』

原作者カズオ・イシグロが製作総指揮の1人に名を連ねているためか、わりと小説版に沿った映画化(2010年版)。ただ、タイトルにもなっている「わたしを離さないで」という曲をキャシーが聴く場面の位置づけが違う。
原作ではそのテープは一度失われ、後にトミーが買い直してくれるのだが、映画では最初からトミーからもらったとされる。また、曲にあわせてキャシーが体を揺らしているところを覗き見するのは原作ではマダムなのに対し、映画ではルース。結婚も家族を作ることもできない運命にあるキャシーが、歌詞にある「ベイビー」について恋人ではなく赤ん坊だと勘違いしていたことも映画では触れられていない。原作よりもSF的設定が後景に退き、キャシー、ルース、トミーの三角関係が強調され、映画全体としても恋愛の比重が大きい仕上がりになっている。
ヘールシャムの子どもたちに真実の一端をもらすルーシー先生役は、サリー・ホーキンス。社会によって勝手に存在のありようを規定され疎外された立場へのシンパシーという点では、本作の役回りは、半魚人と恋に落ちた『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017年)のヒロイン役に通じる面があったかも。