ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

殊能将之『キマイラの新しい城』

キマイラの新しい城 (講談社ノベルス)
移設した欧州の古城「シメール城」をメインに、千葉の山奥に作られたテーマパーク。その“剣と魔法のファンタジーランド”の社長は、城の主の霊に憑かれていた。その霊は750年前、密室状況で殺害されたという。石動戯作(いするぎ・ぎさく)は、その謎を解かざるをえないはめになるが、現代でも殺人が起き……。
いかにも殊能らしいひねくれた設定であり、過去の事件に関しても現在の事件についても、人を喰った真相を用意している。また、中世の西洋人に憑かれた社長さんが、現在の日本の風景に驚嘆する描写は抱腹絶倒。最近の本格としては、平均以上の面白さだ。
ただ、僕たちが殊能に期待してきたのは、こういう作品だったろうかと、ふと思ったりもするのだ。
彼のデビュー作『ハサミ男』が、本格ファンから好意的に認められたのは、本格からの脱線とみられる作品が多いメフィスト賞から、まともにトリッキーな作品が登場したからだった。この作品について、小谷真理ジェンダー論的な観点からのテーマ的読解を試みた時、殊能はその読解を本格ミステリの創作手法の面からことごとく否定してみせた。このことが、ある種の本格ファンを喜ばせもした。
しかし一方で、ジェンダー論的読解をも招くような、小説としての奥行きや重層性、完成度の高さが、『ハサミ男』の評判を高めた面はあったろう。本格フィールド以外にもアピールしうる質を、殊能のデビュー作に読み取った人は、多くいたはずだ。
次作『美濃牛』では、石動戯作という名探偵を立て、横溝風の古典的な本格ミステリを執筆。しかし続く『黒い仏』では、本格ミステリとしての部分を包み込みつつチャブ台返しするような異様な背景が用意され、ああ、この人もやっぱりメフィスト賞出身だ、本格を破壊する側だと守旧的で狭量な部類の本格ファンを激怒させた。その分、本格外のファンを楽しませる闇雲なパワーがあったともいえる。
だが、その後の『鏡の中は日曜日』や新作『キマイラの新しい城』はどうだろう。名探偵という立場に関する皮肉や、本格ミステリという形式に関する批評的な書き方は徹底されていて、知的な面白さは高レベルで維持している。これ以上を望むのは、ないものねだりのわがままかもしれない。でも、殊能の潜在能力の大きさに対し、本格ファンにアピールする類の面白さで小さくまとまっている印象を抱くのは僕だけだろうか。
例えば、殊能は周知の通り、作品に多数の引用を織り込むペダントリーの人である。ところが、そのペダントリーが作品において、京極夏彦みたいに本格の枠外へも広がっていく力となることが少ない。殊能の場合、ホラーやSF、歴史にからんだペダントリーでも、本格ミステリにおける問題系(後期クイーン問題とか密室の分類とか)を批評的にいじる展開に花を添える、といった形になることが多い。
でも、殊能ならば、もっと射程範囲の広い作品が書けるだろう。狭量な守旧派ではない僕としては、本格の問題系とは関係なくもっと好き放題に書かれた作品を読んでみたい。だから、「名探偵」という、ある意味で本格ミステリ界の“内輪”の問題に傾きやすい石動戯作シリーズからはいったん離れ、『ハサミ男』みたいなノンシリーズものを、またガツンと書いて欲しいと期待しているのだ。

最後に3点。
作中で「千葉の山奥」とあるが、全国的にみても標高が低い県である千葉には、山奥と呼べるほどの場所は、ほとんどない。そういえば大昔、滝沢馬琴は『南総里見八犬伝』で富山を深山幽谷みたいに描写したけど、僕、小学五年の時に徒歩で登ったよ。1時間弱くらいだったから、ただの小山。
また、『キマイラの新しい城』は、古城なだけにディクスン・カーを意識していて、やはりこの作家を意識した二階堂黎人人狼城の恐怖』も膨大な参考文献の一つに掲げている。けれど『キマイラ』は、参考文献に掲げず言及もしていない芦辺拓『グラン・ギニョール城』にインスパイアされたように思えるのだが……。
一方、登場人物が(バンドの)クイーンのTシャツを着ている場面がある。これは、たまたまのチョイスではなく、たぶん理由がある。馬上でお互いに走ってきて槍で突き合う中世の競技の物語に、ロック・ミュージックをつけた『ロック・ユー』という映画があった。そこではクイーンの〈ウィ・ウィル・ロック・ユー〉(オリジナル)と〈伝説のチャンピオン〉(ロビー・ウィリアムスフレディ・マーキュリー抜きのクイーン)が流されていた(ビヨンセブリトニー・スピアーズが出て闘技場で〈ロック・ユー〉を歌ったペプシのCMも、あの映画が元ネタか)。そして、『キマイラの新しい城』で社長に憑いた亡霊は、馬上で槍を操ることに優れていた設定なのである。だから、この小説のアクション・シーンは、クイーンをBGMにするのが正しい。