ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

『雫』、再び大槻ケンヂ

雫(しずく)DVD-ROM版
波状言論臨時増刊号 美少女ゲームの臨界点」の目次には、「『雫』の時代、青の時代。」、「『雫』の時代の終わりから」というタイトルがあった。この本では、『雫』が発売された1996年を美少女ゲーム運動のスタートととらえ、その後のあれこれを考察している。僕は美少女ゲームに詳しくはないけれど、『雫』ならプレイしたことがある。このゲームが大槻ケンヂ初の長編小説『新興宗教オモイデ教』(92年刊)から影響を受けていると聞きかじっていたから、偶然見つけた安売りソフトを購入したのだ。なにしろ僕は、『オモイデ教』が刊行される前、「月刊カドカワ」で連載途中だった段階で、ROに激賞する文章を書いた人間である。だから『雫』は、オーケン・フリークとして気になるゲームだったのだ。
確かに、世界の破滅を夢想する少年とか、毒電波といった『雫』の内容は、オーケンの小説や筋肉少女帯の詞世界を思わせるものだった。また、包帯だらけの少女が出てくるのは、『エヴァ』の綾波レイと同様、筋少の〈何処へでも行ける切手〉が原イメージなんだろう。
それにしても、『エヴァ』、『雫』というその後のおたくカルチャーへの影響力が大きかったとされるメルクマール的な二作品それぞれに、大槻ケンヂの感性が吸収されていたわけだ。ついでにいうと、おたくカルチャー評論家の系譜として、大塚英志から東浩紀へという流れがあるわけだが、大槻が思潮社という詩の専門出版社から歌詞(+α)集『リンウッド・テラスの心霊フィルム』を上梓した際の解説は大塚だった。また、大塚原作、白倉由美画でイエスの方舟事件を題材にした漫画『贖いの聖者』では、大槻が“聖者”のモデルになっていたなんてこともあった。
オーケンというのは、いまのおたくカルチャー評論において、いったいどんな位置づけがされてるんだろう? それが、非常に不思議。どこかにかっちり書かれたものがあるのなら、ぜひ読んでみたい。
滝本竜彦が大槻から影響を受けていることについては、以前に記した。他の「ファウスト」系若手作家、特にメフィスト賞出身の佐藤友哉舞城王太郎西尾維新についても、大槻からの直接的影響はたとえなかったとしても、位置関係については通じるところがあると思う。
先の「波状原論増刊」では、メフィスト賞トリオは美少女ゲームライトノベルとの関連にウェイトをおいて語られていたが、もちろん彼らには、新本格ミステリからの影響もあったわけだ。しかし彼らは、先行した新本格から飾られた死体や密室といった派手なガジェット的要素は引継ぎながらも、謎の“論理”的解明についてはたいして注意を払わない作風だった。そこらへんが壊れた本格と呼ばれ、笠井潔は「脱格」と名づけたのだった。
実は大槻にも、メフィスト賞トリオと似た嗜好性があった。彼には、江戸川乱歩の小説やシャーロック・ホームズがいかに変かということを書いたエッセイがちらほらあった。また大槻の詞は、江戸川乱歩夢野久作中原中也寺山修司などのアングラな幻想性や猟奇性に憧れることから始まっていた。大槻もミステリに関しては、論理的な謎解き=本格っぽさよりも、そこから外れた要素=変格を面白がったクチなのである。もともと本格ミステリは、名探偵の変人ぶりをはじめ奇矯な部分を多く含んでおり、それが成長途上で自意識過剰の少年たちにアピールする側面を持っている。オーケンメフィスト賞トリオは、論理よりもそっちのほうに大きく反応したのだ。
新本格最初の作家、綾辻行人がデビュー15周年記念本『綾辻行人 ミステリ作家徹底解剖』を監修した2002年には、大槻ケンヂもデビュー15周年記念盤『対自核−自己カヴァー』をリリースしていた。学生時代にバンドをやったこともある綾辻は昔、人間椅子と並んで筋少をフェイヴァリット・バンドにあげていた。オーケンと何度か対談し、〈トゥルー・ロマンス〉(《ステーシーの美術》収録)のコーラスに参加。また、星雲賞を受賞した大槻『くるぐる使い』の文庫版解説は綾辻だった。
僕はこの2人は、裏表の存在だと感じている。綾辻がもし、ギャグ好きでロックを本職にしていたら筋少みたいなバンドになっただろうし、大槻が仮にまじめで、奇矯さよりも論理にひかれていたら新本格を書いていた――そんな風に想像してしまう。
そして、綾辻の本格趣味の裏に大槻の変格趣味が存在したように、領土を拡大したその後の本格ジャンルの裏にはメフィスト賞トリオみたいな脱格が多く現れるようになったという推移なのだと思う。つまり本格を前提とした場合、メフィスト賞トリオは立ち位置を大槻から引き継いだってこと。
このように考えると、『エヴァ』『雫』だけでなく、新本格との関係においても、歴史的に遡行して見た場合のかつての大槻ケンヂの存在感は増してくる。筋少時代から、たびたびオーケンについて書く機会はあったけれど、なんか本腰入れて「作家論」を執筆したい気分になってきた。

(関連雑記 http://d.hatena.ne.jp/ending/20040722

  • 夕べの献立
    • おからコロッケ−−ごぼう、ひじき、にんじん、おからを炒め、だし汁で煮たものが冷凍で残っていたので解凍。そのおからに、塩、コショウしてサラダ油で炒めた豚ひき肉を投入。卵をつなぎにしてコロッケ状に成形し、サラダ油で揚げた。普通のとんかつソースで食したが味は良好。しかし、タネが柔らかすぎ、成形する最中や揚げている途中で形が崩れたのは反省点。
    • 大根とえのきのお吸い物
    • 五穀米
    • もやしをレンジでチン。ポン酢(手を抜くとなると、こればっかだなぁ)