文学界新人賞受賞作で、今回の芥川賞候補作の一つだった「オブ・ザ・ベースボール」。一年に一度くらい人が降ってくる町があり、レスキュー隊がそれをバットで打ち返すという、それだけのアイデアで押し通した話だ。受け流さない点は異なるものの、ムーディ勝山的にナンセンスな状況であり、それを饒舌な理屈、とぼけた思考遊戯で綴っている。
昔、大槻ケンヂが、空から百万人の少女が降ってくるぞというとんでもない歌(〈1,000,000人の少女〉)asin:B00005GRNQを熱唱し、“少女”、“死”などという甘い夢想にのめりこんでいた。でも、「オブ・ザ・ベースボール」には、その種のロマンティックさはあまりない(ただし、主人公のバッターと打たれる落下者の分身的な関係性については、夢想の要素があるけど)。
『キャッチャー・イン・ザ・ライ』への返歌としては、(オーケンのような)情緒性に流れず、ナンセンスな物理現象、乾いた寓話として書いている点が「オブ・ザ・ベースボール」は面白い。
Self‐Reference ENGINE (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)
- 作者: 円城塔
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2007/05/01
- メディア: 単行本
- 購入: 11人 クリック: 362回
- この商品を含むブログ (260件) を見る
SFのシリーズの1冊として刊行されたこの本は、純文学雑誌掲載の「オブ・ザ・ベースボール」とあまり書きかたの変わらない思考遊戯・擬似論理コントを、オムニバス作品集風にまとめたもの。80年代っぽいという感想が多いようだが、確かに、タイトルからしてそうだ。「セルフ・リファレンス=自己言及」ってのは、80年代に流行った思想用語である。そして、ゲーデル問題との絡みで、「自己言及性」とセットでよく出てきた用語が「決定不能性」であり、『Self−Reference―ENGINE』に収められたエピソード群にも、それ風のテーマが散見される(だから、ゲーデル問題を参照しつつ書かれた法月綸太郎のミステリ評論に興味のある人などは、『Self−Reference―ENGINE』の思考遊戯、擬似論理は楽しめるのではないか。ちなみに、『Self〜』には、シャーロック・ホームズに触れた挿話もあります)
ちょうどSF界で「決断主義」ということが議論になっている最中に、決めかねる「決定不能性」を作品の体質、テーマにした新人作家が注目を集めるとは、興味深い風景である−−なんて思ってみたり。まぁ、ただの思いつきの戯言ですが……。