ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

「COMIC 新現実」vol.3関連

ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館帰国展「グローバルメディア2005/おたく:人格=空間=都市」

森川嘉一郎コミッショナーとなったOTAKU展を昨日、東京都写真美術館で見る。事前に見たカタログISBN:4344008979った、というのが正直な感想。身も蓋もない言い方をすれば、おたく系ショップから販売行為を除いたような空間設営なんである。これは日本のおたくカルチャーを海外紹介用に誇張して要約(要約して誇張かな)した展示であって、国内に住む身としては、アキバだのコミケだのに実際に行ってぶらついたほうがはやいじゃん、という気がしてしまう。ビエンナーレでの反応まで盛り込んだ“メタ”な内容にするとか、プラスαが欲しかった。あるいは、70年大阪万博とおたくカルチャーとの対比も一つのテーマにしていたんだから、愛知万博とからませて万博関連部分を膨らませてくれれば、とか思いました。――とはいえ、観覧料300円の良心設定だったので、贅沢は申せません。
(関連雑記http://d.hatena.ne.jp/ending/20041017
Comic 新現実 Vol.3 (単行本コミックス)

森川嘉一郎×大塚英志――「おたく」とナショナリズム

その後、「COMIC 新現実」vol.3で、大塚が森川をネチネチせめているのを読む。対外意識やナショナリズム、資本の論理といったことがらに対する森川の脇の甘さについては、大塚の指摘がけっこう当たっていると思う。けれど、森川が『趣都の誕生 萌える都市アキハバラISBN:4344002873において一般論に無批判に乗っかる形でおたく論を展開した――という大塚の批判には、違和感を覚えた。
大塚は、

「おたく=部屋」みたいなパブリックイメージというのは、やはりあなたが部屋の写真を引用しているような宮崎勤の事件をきっかけに、いわば外側から形式化されていった「おたく」に対するパブリックイメージですよね。いわば世間一般の論議なわけですよね。

などと述べつつ、なぜ「おたくの個室」ばかりに注目するのかと、森川にしつこくつめ寄る。けれど思い返すと、「おたく=部屋」のイメージを強化していった世間の一般論に、かつての大塚は乗っかっていたのだ。というより、むしろ、彼はその種の話題では、中心的な論客だっただろうが。
1989年の宮崎事件の直後には、事件に関する便乗解説本が相次いで出版された。そのなかには、森毅芹沢俊介と大塚が共同で出した『密室』(春秋社)なるタイトルの本も含まれていた。また大塚は、子どもから大人への通過儀礼として、若者が共同体から一時的に隔離される風習があったことに触れつつ、宮崎の自室との類似性を指摘する評論も書いていた(新曜社刊『子供流離譚』収録の「籠もるための部屋」など)。つまり、大塚は民俗学的な話題を持ち出すことなどで、「おたく=部屋」のイメージ強化を行っていたわけだ。そんな彼が今頃になって、なんで「おたく=部屋」を前提に議論を組み立てるんだ? と他人に迫っているとは、16年がかりのマッチポンプではないのか。ジャイアント馬場だって、ここまで気長な“プロレス”はしなかったんじゃないの?
大塚だって「部屋」を特権化していたではないか、と森川が言い返していれば、議論はもう少し転がりようがあったのかもしれない。しかし、そんな反論は出てこない。なので、あなたは一般論を足場にしている、と批判する大塚自身が、その一般論の一翼をになってきたことが浮かび上がらない。当然、16年前、宮崎の部屋にこだわっていた大塚が今どう考えているかだって定かにならない。結果として、一般論のなかに身を潜めた人間が相手を一般論だと攻めているみたいな、不毛なやりとりが続いている。
そもそも、この記事はインタビューなのか対談なのか。これは「『戦時下』のアニメII」と題された特集の一部を構成しており、特集の扉ページには「対談」と銘打たれている。ところが、目次や記事自体のページでは、大塚を「聞き手」とする森川への「インタビュー」と記されている。この雑誌のプロデューサーは、他人の用語定義に関してあれこれ批判するわりに、自分の記事の位置づけに関しては、けっこうアバウトなようだ。

  • 最近僕が書いたもの
  • 3月8日夜の献立
    • さばの塩焼き
    • まぐろと葉たまねぎのぬた
    • もやしとニラの汁(しょう油
    • 白米1:麦1/3:玄米2/3のごはん
    • コーンが余っていて賞味期限がやばかったので、翌朝用にコーンポタージュとクリームシチューの中間みたいなものを作る。刻んだ玉ねぎ&ベーコンをオリーブオイルで炒め、じゃがいも、にんじん、鳥肉をつっこみ、牛乳も加えて煮る。当然、コーンもぶっこむ。小麦粉とバターを練ったものを入れ、ハーブ塩、こしょうでフィニッシュ――これだけにしておけばよかった。コーンつながりでコーンスターチを加えれば相性がよいのではないか、と猿知恵に走って敗北。必要以上にとろみがついて(ドロドロという説もあり)圧倒的に不評であった。
  • 3月9日夜の献立
    • サバの塩焼きの残りに少量のしょう油と溶き卵をまぶして寝かし、小麦粉をつけてサラダ油&ニンニクスライスで焼く。
    • 前日の汁の残りからもやしとニラを引き上げ、卵焼きの具にする。最後にケチャップ
    • 具のなくなった前日の汁に、干ししいたけの戻し汁が残っていたのを追加し、大根の葉とわかめの汁に仕立て直す。味噌微量を追加
    • 冷凍していたひじきの煮つけ(ひじき、あぶらげ、大豆)を解凍し、にんじんを追加して混ぜご飯の具に使う。白米1:玄米1
    • 小松菜のおひたし(だいだいポン酢)――昨夜、シチュー風の余計な1品を作ってしまったので、この日は一気に節約モード。リサイクル強化日間でした。けど、10日以降は、外食や買い食いが続いとります。元の木阿弥……。