ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

『夜のミッキー・マウス』と『邪魅の雫』

夜のミッキー・マウス (新潮文庫)

夜のミッキー・マウス (新潮文庫)

昨日、仕事帰りの京葉線で、ちょっと前に文庫化された『夜のミッキー・マウス』を読んでいた。谷川俊太郎のこの詩集は、しりあがり寿による解説を含めても110ページちょっとしかない薄い本。けれど、内容はなかなか濃い。

夜のミッキー・マウス
昼間より難解だ

と書き出される表題作。そして、「朝のドナルド・ダック」、「詩に吠えかかるプルートー」、「百三歳になったアトム」と、冒頭の4編はいずれも有名なアニメ・キャラクターをモチーフにしている。そこでは、キャラたちが、自らに与えられた設定や物語の枠からはみ出す姿が、詩にされている(キャラからキャラクターへ? キャラが“性格”を持ち始めた?)。
一方、「ああ」、「ママ」、「なんでもおまんこ」の3編ではセクシュアルな関係が語られ、「スイッチが入らない知識人」や「愛をおろそかにしてきた会計士」では、立場や属性といった類型からこぼれ落ちた“人”の部分がすくい取られる。また、「よげん」や「ちじょう」が、“人類”を俯瞰的に見たような内容であるのに対し、自分を見る視線にこだわった「私らしき男」は私小説ならぬ“私詩”的な表情をしている。さらに、「佐々木幹郎に」と付された「雨のポカラ」、あるいは「永瀬清子さんのちゃぶだい」みたいに、特定個人を意識した作品も収録されている。
キャラ、キャラクター、性格、性的関係、立場や職種、人、人類、私、特定個人……。
隣接しあうそれらのモチーフ群をゆるやかに移動し続けるようにして、一冊の詩集が編まれている。薄い本なのに、多層的だし複眼的なのだ。
(関連雑記http://d.hatena.ne.jp/ending/20051130#p1

邪魅の雫 (講談社ノベルス)

邪魅の雫 (講談社ノベルス)

一方、『夜のミッキー・マウス』とは正反対に、相変わらず分厚いのが、京極堂シリーズの最新刊『邪魅の雫』。とはいえ、内容は相変わらず――ではなかった。
かつての『姑獲鳥の夏』、『魍魎の匣』などであれば、「姑獲鳥」、「魍魎」といった妖怪の気配が作品全体に濃厚に立ち込めていた。しかし、新作で「邪魅」の空気は希薄だ。連続毒殺事件は確かに大きな犯罪ではあるものの、超自然的な怪奇性はない。また、いつものような“ペダントリー丼”にもなっていない。変な表現だが、新作は京極堂シリーズにおける「日常の謎」もの、とでもいいたい内容なのだ。
シリーズの脇役たちを中心に話が進み、京極堂中禅寺秋彦榎木津礼二郎木場修太郎など華のある主要レギュラーの登場場面は少ない。榎木津はこの事件で重要なポジションを占めているのに、ただでさえ少ない登場場面で、いつもの元気さを欠いている。まぁ、地味な小説なのである。
これまでの京極堂シリーズ作品は、“妖怪”の事件を不思議ではないものに解体し、そうすることで逆説的に“妖怪”の存在感が増すという構造をとっていた。そこではまず、“妖怪”に「姑獲鳥」、「魍魎」などの名前のあること/を与えることが話の中心だった。
しかし、『邪魅の雫』では、妖怪の名よりも、脇役一人ひとりのほうが重視されている。それは、谷川俊太郎によるディズニー・キャラクターの解体、憑き物落としだった「夜のミッキー・マウス」の領域から、「愛をおそろかにしてきた会計士」(=立場や属性)、「私らしき男」(=“私”性)、「永瀬清子さんのちゃぶだい」(=特定個人)などの水準への移行と、喩えられるだろう。
邪魅の雫』での京極堂は、珍しく薀蓄が少ないが、そこで語られるのが昔話と伝説の違いだというのは印象的である。
中禅寺は言う。

昔話と違って伝説には必ず固有名詞が必要なんです。

関口巽の「空海なんか日本中で奇跡を起こしているじゃないか。あれは昔話だろう」という反問にも、こう答える。

それはね、先程のハナシの型に、能く知られている固有名詞を嵌めた訳だよ。同じ話なのに登場人物だけ変わっていたりするものがあるだろう。

キャラ、キャラクター、性格、性的関係、立場や職種、人、人類、私、特定個人……。
それらのモチーフをめぐって京極夏彦は、谷川俊太郎と同じく、多層的、複眼的であろうとする。その際、谷川の詩がそうだったように、京極夏彦の創作は、名前、そして類型(=「登場人物だけ変わっていたり」できる、その“立場”のこと)の扱いにポイントを置く。
邪魅の雫』は確かに地味だが、興味深い作品になっている。

  • 3日夜の献立
    • さば、大根、ごぼうの煮付け(しょうが、こぶ、しょうゆ、酒、みりん)
    • ほうれん草のおひたし(かつぶし、シークワーサー、ねりごま)
    • 車麩、大根の葉、水菜の味噌汁
    • ニラ、長ネギ入り玉子焼き(塩、こしょう、ケチャップ)
    • 玄米ごはん
  • 4日夜の献立
    • 一口トンカツ、玉ねぎフライ
    • 自家製ポテトチップ
    • ゆでキャベツにポン酢
    • 玄米ごはん
    • ビール、雑酒、チューハイ
  • 5日夜の献立
    • 蒸した肉団子(鶏ひき肉、大根の千切り。塩、こしょう、ごま油。辛子しょうゆで)
    • チンゲン菜とえのきの炒めもの(サラダ油、長ネギ、しょうゆ、香酢、ごま油)
    • ほうれん草の味噌汁
    • 玄米ごはん
    • ビール、雑酒、チューハイ