ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

阿部和重『ミステリアスセッティング』

ミステリアスセッティング
吟遊詩人が自分の天職だと信じているのに、どうしようもなく音痴な女の子の悲惨な物語。前半は皮肉な青春小説、後半は「スーツケース型核爆弾」(かもしれないモノ)をめぐるサスペンス小説として展開する。
その後半で、主人公のシオリが、東京タワーに行ったり地下鉄の構内を彷徨ったりするのは、ちょっと、吉田修一パーク・ライフASIN:4167665034。あの小説は地下鉄車内から話が始まり、後半には、ビデオ・カメラを着けた気球を飛ばし日比谷公園上空からの眺めを手に入れようとする男が登場した。垂直方向に東京の断面を描いた点において、『ミステリアスセッティング』と「パーク・ライフ」には近い感覚がある。
(そういえば阿部は、『プラスティック・ソウル』で東京タワーをキー・イメージに使っていた)


『ミステリアスセッティング』は、主人公の思い込み/勘違いの激しさを微妙な距離で見つめる作者の文章の面白さにおいて、いかにも阿部和重的な作品になっている。また、当初は携帯サイトから配信される連載小説として書かれたため、意図的に読みやすく、わかりやすく作られている。
携帯電話でわざわざ小説を読むのは、かなり携帯の機能を使いこなしている人だろう。彼ら/彼女らは、メールの形で自分の感覚を即座に文字化(というより信号化に近いか)することが得意だ。その意味では、自己を表すことに長けている(“表現”とまで呼べるかどうか知らんけど)。そんな人たちに向けて阿部は、音痴すぎて歌うことを禁じられてしまう自称・吟遊詩人の、自己をうまく表せない悲喜劇をさし出してみせる。
ケータイ小説『ミステリアスセッティング』に笑うか泣くかは、読み手次第。それは、“自己表出”強者が“自己表出”弱者を見た時、みじめさを笑うか、哀れさに泣くかの違いってことだ。
――とかなんとか書いている僕は、携帯配信ではなく、紙の本で読んだわけだが。
(関連雑記http://d.hatena.ne.jp/ending/20060411#p1

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