ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

アラン・ブライマン『ディズニー化する社会』

ディズニー化する社会 (明石ライブラリー)

パフォーマティブ労働、感情労働、美的労働

好著『ディズニーランドという聖地』asin:4004301327を書いた能登路雅子が監訳者となったアラン・ブライマン『ディズニー化する社会 文化・消費・労働とグローバリゼーション』を読んだ。
本書は、ジョージ・リッツァの『マクドナルド化する社会』asin:4657994131をかなり意識しつつ、ディズニー化の特徴として次の4点を指摘している。
  ・テーマ化
  ・ハイブリッド消費
  ・マーチャンダイジング
  ・パフォーマティブ労働
このうち、パフォーマティブ労働とは、従業員を「オンステージ」の「キャスト」と位置づけるディズニー的なやりかたを指している。それは劇場的パフォーマンスであり、従業員の浮かべる笑顔が本物であるために、感情の労働をすることが求められる状況である。
ブライマンは、パフォーマティブ労働が、ディズニーに限らず社会に広がっていることを例示していく(日本に当てはめるなら、ラーメン屋が作務衣を着るのだって“パフォーマティブ”労働だろうね)。そのうえで、客室乗務員に関する調査研究に触れつつ、次のように述べる。

この傾向(引用者注:客室乗務員の多くが魅力的である傾向性)は、感情労働を演出する能力とともに、多くの場合、容姿が適切な接客サービス従業員の人事構成に欠かせない要素であり、このような環境での雇用には外見の良さが考慮されることを示している。

そして、ブライマンはヴィッツなどの研究に言及しつつ、「美的労働」という用語を用いて、小売業、接客業、銀行業などの労働環境を語る。

募集の時点で、多くの場合、就職応募者が就職できないのは、適切な技能や経験がないからではなく(事実、採用基準の優先順位項目ではこれらは低い)、適切な容姿でないからである。その適切な容姿には、服装、体形、品のよさなどの特徴が含まれる。

アキバ通り魔事件、パフォーマティブ労働運動

その種の感情労働、美的労働には当然、コミュニケーション能力の問題もかかわってくるのであり、現在の日本の文脈に引きつけるなら、非モテと労働の問題に関連してくる。
アキバ通り魔事件をどう読むか!? (洋泉社MOOK)
アキバ通り魔事件を起こした加藤智大は、非モテ非正規派遣労働者の代表のごとく祭り上げられたが、彼はある感情・美的労働者に好感を持ったのだった。『ディズニー化する社会』の観点から考えると、勢古浩爾が『アキバ通り魔事件をどう読むか!?』掲載の「ひ弱な国のひ弱なK」において、加藤容疑者が携帯サイトに書き込んだ次の場面に注目していたことは興味深い。

Kもまた犯行のためのナイフを買った時、対応してくれた女店員の態度に好感をもち、「店員さん、いい人だった」、「人間と話すのって、いいね」と書いていた。「(こんな自分に)友達は、できないよね」と自嘲しながら「ほんの数人、こんな俺に長いことつきあってくれた奴らがいる」「そのメンバーの中にまだ入っていることが、少し嬉しかった」とも書いた。この親密な感情や、人を殺すためのナイフを買いながら、女店員を「いい人」だと感じるこのちぐはぐさは何なのか。

ここには、パフォーマティブ・感情・美的労働に回れた者と回れなかった者の段差が露出している。
そんな日本の現状を踏まえると、今時の労働運動を象徴する存在がコスプレ姿の雨宮処凛であることも、理解できるような気がしてくる。パフォーマティブ労働の重圧の広がりに対抗するためには、パフォーマティブな労働運動が必要とされざるをえない、というわけだ。
――なんてことを考えていたら、こんなニュースを知った。

ミッキーマウス逮捕!

(スポーツ報知)http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20080817-OHT1T00102.htm
(らばQ)http://labaq.com/archives/51081662.html


米国カリフォルニア州ディズニーランドで、労働条件に不満を持つホテル従業員たちがコスプレしてデモを行った結果、“ミッキーマウス”、“シンデレラ”、“白雪姫”などが手錠をかけられたのだという……。
パフォーマティブ労働運動の時代である。
(関連雑記http://d.hatena.ne.jp/ending/20051130#p1


俺も、原稿書いて労働しなくちゃ……。