ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

ミュージカル『ファントム』

赤坂ACTシアターにて、アーサー・コピット脚本、モーリー・イェストン作詞・作曲、城田優主演のミュージカル『ファントム』を見た。
http://www.umegei.com/musical-phantom/
ガストン・ルルーオペラ座の怪人』を原作とするミュージカルは、アンドリュー・ロイド=ウェバー版が有名なほか、ケン・ヒル版もたびたび再演されている。さらに、同じ原作から出発した『ファントム』も繰り返し上演されているが、同作は脚色のうえで前二者と大きな違いがある。ファントム(エリック)、クリスティーヌ、若い貴族の三角関係のラヴ・ストーリーである点は同じだが、ファントムの出生の秘密に重点を置いていることだ。
ロイド=ウェバー版が86年に初演される前から『ファントム』の企画案はあったというが、本作にはロイド=ウェバー版をひっくり返したような部分がところどころにある。
『ファントム』では、劇場の前支配人がファントムの実父であることを隠しながら彼と交流を持っていた。父や、見初めたクリスティーヌと会話するファントムは引きこもり気味の青年といった印象であり、ロイド=ウェバー版のファントムのような怪物性、力強さは薄い。
また、原作、ロイド=ウェバー版は、クリスティーヌが亡き父のイメージをファントムに重ねるのに対し、本作ではファントムが亡き母のイメージをクリスティーヌに見出す。
さらに、ロイド=ウェバー版ではファントムがカルロッタの喉をカエルの声へと変えるが、本作では新支配人の妻であるカルロッタが主導的な悪役となる。彼女が、クリスティーヌに薬を飲ませ、喉を潰すのだ。『オペラ座の怪人』のよく知られたヴァージョンを反転させたこれらのアレンジには面白みがある。
また、本作ではクリスティーヌが劇団員ではなく、まだ劇場にやってきたばかりの素人と設定されている。『オペラ座の怪人』でよく知られた仮面舞踏会のシーンがないのは寂しいが、ビストロでコンテストが催される場面はにぎやかであり、クリスティーヌが素人であることと相まって、『ファントム』には他のヴァージョンにない庶民性がある。
ただ、第二幕の後半は父子関係と恋愛の三角関係とで物語が分裂した印象であり、三角関係の緊張感の高まりへと物語が凝縮されるロイド=ウェバー版ほどの盛り上がりに欠ける。このへんは、ロイド=ウェバーが『オペラ座の怪人』の続編として作り、前作の三角関係を引き継ぎつつ、ファントムと彼の子の親子関係の要素を盛り込んだ『ラブ・ネバー・ダイ』の物語の構造に近い。その意味では、ロイド=ウェバー版への返答である『ファントム』への返答が『ラブ・ネバー・ダイ』であったかのようにも思えてしまうわけで、各ヴァージョンは興味深い対照をなしている。
クリスティーヌ役の山下リオは、舞台初出演。NHK『あまちゃん』ではGMTの一員としてアイドルを演じていたが、これほどきれいな歌声をしていたとは知らなかった。能年玲奈橋本愛よりも歌が上手いのは確か。鈴鹿ひろ美ヴァージョンの“潮騒のメモリー”を歌ってほしいような声質だ。

Phantom: The American Musical Sensation (1992 Studio Cast)

Phantom: The American Musical Sensation (1992 Studio Cast)