ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

村上春樹原作映画「トニー滝谷」

市川準監督のこの映画の試写に行ってから、けっこう時間がたってしまったが、公開中なので雑記っておく。ちなみに原作は、短編集『レキシントンの幽霊』に収録されている。
レキシントンの幽霊 (文春文庫)
イラストレーターのトニー滝谷は、服を着るために生まれてきたような女と結婚する。つまり、“着こなし”に惚れたようなもの。けれど妻は、病的に服を買いすぎた。彼女は禁“服”しようと、買ったばかりの服を返品する。でもやっぱり気になって気になって、交通事故を起こし死んでしまう。
一人残されたトニーは、女性アルバイトを雇おうとする。妻の服をバイトに着させ、それを眺めることで、彼女を失った生活に徐々に慣れようというのだ。面接に来た女は試着しているうち、自分の体にピッタリな亡妻の服がいっぱい吊るされた衣裳部屋で泣き始める。それを見たトニーは考え直し、バイト採用を見送る。――それだけの話。
見た時、ああ、春樹的とはこういうことだったな、と思い出した。春樹的世界では、“フィット感”が重視されるのだった。トニーは、妻の“着こなし”を、“フィット感”を愛した。しかし、一着一着似合っていたにしても、妻は服に飢餓感を抱き続けたんだから、自身では真の“フィット感”は覚えなかったんだろう。覚えたのなら、体と服の関係はもっと平和だったはず。ここでは、夫婦の認識がズレている。
トニー滝谷」と微妙に似た話が、『回転木馬のデッド・ヒートISBN:4061843192。「レーダーホーゼン」。タイトルは、ドイツ人がよくはく吊り紐のある半ズボンのこと。
熟年の奥さんが海外旅行に出かけ、夫へのみやげにレーダーホーゼンを買おうとする。だがその店は、はく本人から採寸しなければ売らないこだわりの店。しかし奥さんは、旦那そっくりなドイツ人を見つけてきて、店で採寸させる。そして、その作業の30分間で突然、夫との離婚を決意する――それだけの話。
トニー滝谷」で面接女性と亡妻との“フィット感”がある種の哀切さを喚起したのに対し、「レーダーホーゼン」のドイツ人と旦那との“フィット感”は奥さんの嫌悪感を結晶化する引き金になったわけ。
ここでは、体、あるいは服という具体的なものより、“フィット感”という関係性が問題になっている。もちろんそれは、人と人、人と世界の関係性の比喩みたいなもんでもある。『1973年のピンボールISBN:4062749114、「208」、「209」と書かれたTシャツを着た女の双子が服を交換したとたん、主人公の「僕」が彼女たちを区別できなくなるエピソードがあった。そんな昔から、春樹の“フィット感”への関心はうかがわれた。幻想譚とSFストーリーを往還するややこしい構造の長編『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』ISBN:4101001340、乱暴に要約すれば、脳みそと頭蓋骨の“フィット感”の話だったし。
市川準監督は映画「トニー滝谷」で、そんな春樹的“フィット感”を手際よく要約している。屋外にセットを立てたこと。基本的にカメラは横移動を繰り返すのに、妻となる女は横からではなく奥の坂から上がってくるという象徴的動き。ナレーション(西島秀俊)の文章の一部を、登場人物が「割り科白」として受け持つこと。イッセー尾形トニー滝谷とその父、宮沢りえが妻と面接に来た女、それぞれ2役をつとめること――など、演劇的な仕掛けを多用している。それが春樹的世界の寓話性、人工性を映画にうつし換えるために選んだ手段だということは理解できる。僕は、さほど悪くない映画だと思う。
けれど、否定派がけっこう出ることもすぐ想像できる。演劇的な仕掛けになじめない、納得できない、わざとらしいと感じる人はいるに違いない。いかにも「ふだんはアクが強いのに今回は自然体でやってます」的なイッセー尾形が、“若い”学生時代を演じるのを見ると、やっぱり、ちょっと困ってしまうし。
それ以上に幕切れが、いかがなものか。春樹的世界をことさら解釈するのではなく、素直にうつし換えようとしている風なのに、ラストを改変している。原作では面接採用を断ってそれっきりなのに、映画ではトニーがもう一度女と連絡をとろうとして、中途半端に暖かみを与えようとしたのは興醒め。
坂本龍一のサントラは情緒的になりすぎず無機的になりすぎずで、いい塩梅だったと思うんだけれど……。

  • 1日夜の献立
    • まぐろステーキ――まぐろの身にシソの実の塩漬け、刻んだ青ネギ、おろしショウガ&ニンニク、しょう油、酒をまぶして寝かせ、サラダ油+少々のゴマ油で焼く。
    • なめことえのきの味噌汁
    • チンしたもやし(ポン酢)
    • 市販キムチ
    • 白米1:玄米1のごはん
  • 2日夜の献立
    • あん肝(酒をまぶして寝かせ、しょうが湯でボイルしてポン酢)
    • 豚しゃぶ
    • 冷奴
    • もやし(たまねぎドレッシング)
    • 春菊のお浸し
    • 市販キムチ
    • 発泡酒、チューハイ

その後、料理を作らないダメダメな日が続いている……。


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