地元のことを検索するうちに、某新築マンション購入者のための掲示板に行き当たった。安くはない買い物をしたばかりの人たちが、うきうきした気分で書き込んでいる。近くではあの店が美味しいらしいとか、あの小学校は校舎がきれいなだけでなく教育方針もいいとか。まだ入居前だというのに、新生活への夢がパンパンに膨らんだ発言が続く。まあ、自分はマンション購入の予定なんぞ全然ないけれど、“新居をかまえる直前”てのは、かなり楽しいだろうねぇ、と微笑ましく眺めていた。
ところが、読み進むうちに、次第に雲行きが怪しくなっていく。
「せっかく部屋を買ったのに、もうじき隣接地にもビルが建って眺望が悪くなるのが不愉快」という人がいる。その直後、「んなこと事前にちゃんと調べておけばすぐわかる。ま、私なんか最上階買ったから、眺望はグッドなままですけどね」なんて下層階の人の神経を逆なでする応答がある。
かと思えば、「Ｘマンションじゃなくて、このＹマンションに決めて正解でした」の後には、「私はＸマンションを購入した者ですが、ＹマンションのＧＧ不動産は悪徳業者として有名です」と反撃が出てくる。
「Ｙマンションの施工を請け負ったＦＨＧ建設は手抜き工事で有名で……」「Ｙマンション周辺地域の上層階ベランダでは、海べりの埋立地特有の強風が原因でエアコン室外機の落下事故が相次いでます」「嘘つけ、そんな事故報告されてないぞ」「あはは。ちょっと高い買い物をしたからって、もう、必死だね（笑）」「わかってるんですよ、あなたがＧＧ不動産のライバルのＬＥ不動産だってことは」「あるいは、ＧＧ不動産リストラ組？」
「そもそもＹマンション周辺の宅地開発については、市長と業者の癒着が問題視されており……」「お前、次期市長選挙で立候補予定のＱＢ陣営のヤツだろ。現市長へのまめなネガティヴ・キャンペーンご苦労さん」
「ねえ、みなさん。ここはＹマンション購入者たちの情報交換の場であると同時に、近隣住民の方も読むことのできる公開の場なんです。入居前から外部と敵対するような発言は、控えましょう。もっと建設的にこれからのことを考えましょう」「おや、もうマンション組合の理事長気取りですか」「掲示板をクローズドにしましょうよ」「今からそんなことしたら、Ｙマンションは周辺に聞かれたくない密談を始めたと、痛くない腹を探られます。論議は公開で堂々と行いましょうよ」
「私は南側出入口のすぐそばにあるベンチは不要だと思います。出入口付近に用もなく人が座っていられるような環境は、小さなお子さんを持つ家庭が多く入るこのマンションには、ふさわしくないのではないでしょうか？ 署名活動をして当局とかけあいませんか？」「ほー。あのベンチはマンション敷地外の、一般歩道に設置されているんですよ。ほー。自分の気に入らないものには、署名活動をして“公共空間”からも撤去させたがる人が住むんですか、このＹマンションは。だったら、こちらもＹマンション撤去を求めるデモ行進でもしますかね。この土地に来なくていいよ、あんたたち」
（ending注：イニシャルは全部デタラメにしました。以上の掲示板発言も引用ではなく、内容の雰囲気をざっと再現しただけです）
――もう、なんというか、殺伐としているのである。まだ部屋を購入しただけで、入居前だというのに、掲示板上では、すでにマンション住人同士でギクシャクしてるし、近隣住民ともモメている。現段階では“仮想”の領域だけど、実際に入居した後には、それが現実化する可能性だってあるわけだ。……なんとも、おっかない。
「ネットの匿名性」と呼ばれるものがある。その一方で、「共同住宅における匿名性」ってことも昔から言われてきた。この２つは似ているけれど、やっぱりどこかズレている。前者は浮遊し続けることが可能だけど、後者は特定の場に結びついている。そして場と結びついたうえで、（誰かが書き込んでた署名活動じゃないが）マンション全体として対外問題に取り組む際には、匿名のままではなく、「連名」での対処ってことも起きてくる。「連名」の形をとることが具体的な対抗手段になりうるわけだが、「連名」とは、見方によっては「匿名」をある種高度化したものでもある（記名ではあっても、数のなかにまぎれるのだから）。
「ネットの匿名性」と「共同住宅における匿名性」と、２つの「匿名性」の質のズレがさほど意識されないままグチャグチャに交差して、発言がどんどんエスカレートしまう掲示板の光景が、なんだかとても恐い。その恐さについて、上手く語ることはできないが……。
某マンション掲示板にかいま見えた地域エゴ、住民エゴ。これが国レベルにまで拡大されたものが、昨今、国内外で物議をかもしている「ネット・ナショナリズム」なのですね――と素朴に感じました。
それにしても、マンションって、ほんとにほんとに高い買い物だ。
