ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

『新・猿の惑星』『猿の惑星・征服』

70年代の『猿の惑星』シリーズをDVDで観直している。
『新・猿の惑星』では、未来の地球からやって来た知能あるチンパンジー夫婦が主人公。メスのジーラは人間女性たちの集会に招かれて男女同権を主張し、オスのコーネリアスは見物させられたボクシングについて「動物的だ」と感想を述べる。
猿の惑星・征服』ではチンパンジー夫婦の息子シーザーが、強権的な知事の側近であり奴隷を先祖に持つ黒人男性に対し、最初は失敗しても革命に何度も取り組まねば猿は自由になれないと話す。シーザーは、人間の人道主義を猿が受け継ぐと演説までする。
社会の実情と猿の進化という虚構を絡めて面白いニュアンスを醸し出している。

カレーは飲み物。本も流動体

デブタレがよく「カレーは飲み物」という。
あれと同じ感覚で「雑誌や新聞は流動体。書籍の多くもそう」だと思ってる。
昔、紙パルプの業界誌記者をしていたし、その前には出版社倉庫や古本屋でのバイトもしたから紙や本の流通過程は一通りみた。取次の配送返本、古紙回収、断裁、古紙パルプ・再生紙製造……。
紙の束がドロドロに溶かされてまた紙になる。印刷用紙に生まれ変われるものもあれば段ボールになるものもある。たとえ本が本のまま古本として値段がつけられていたとしても、いつまでも売れ残っていれば古紙扱いで引き取られもする。
古紙問屋のヤードで、自分の原稿の掲載誌が再生紙原料として製紙メーカーへと運び出される風景を見てから、自分は流動体に向けて文章を書いているだなと感じるようになった。
一冊でも多く、長く残っていてくれますように……とは思うけど。

脳内地図

私の場合、書店か、あるいは本の置いてあるコンビニなどを中心に脳内地図ができあがっている。誰かと待ちあわせする際、約束時間まで暇つぶしできる場所を知っていたほうがいいし、それらを目印にして街を歩いているのだ。本を触っていれば落ち着くというような、職業病っぽい感じもある。
しかし、自分が住んでいる地域はともかく、他の街の飲食や服飾などの店舗、銀行、不動産屋といった類は、なかなか記憶できない。あまり関心がないせいだろう。
以前はCDショップも目印にしていたけれど、もう激減してしまった。で、これから老化して記憶が衰えるというのに、書店の方も減り続けているわけだ。目印を失い、場所を覚えることができなくなった将来の私には、スマホの充電が切れたら即迷子という事態が待っているのだろう。
――紀伊國屋新宿本店から外に出たとたん、なぜかそんなことが思い浮かんで怖くなった悲しくなった。
ちなみに今日買ったのは、橋本治『九十八歳になった私』、星野智幸『焔』、いとうせいこう『小説禁止令に賛同する』。どうも一冊目の書名が、私の無意識に作用したような気がする……。

九十八歳になった私

九十八歳になった私

  • 最近自分が書いたもの
    • 倉知淳『皇帝と拳銃と』の書評 → 「ハヤカワミステリマガジン」3月号
    • 建倉圭介『ブラックナイト』の文庫解説

映画『不都合な真実2 放置された地球』

昨日、シネマイクスピアリで上映最終日だった『不都合な真実2 放置された地球』を観てきた。で、本編前に何本も流される予告編上映のなかに、本日から公開の『ジオストーム』も含まれていた。地球温暖化をめぐる啓蒙ドキュメンタリーの直前に、彼氏も凍る異常気象SFエンタメの宣伝てのが面白かった。
さて、『不都合な真実2』そのものだが、2015年12月のパリ協定でなんとか各国の合意をとりつけるのが山場である。せっかく合意したのにその後、トランプの大統領就任で事態が急転したことはみんなが知っている。でも、映画はそのことにあまり時間を割かない。地球温暖化に警鐘を鳴らすセミナーを繰り返し、門下生を増やすアル・ゴアを英雄として描くためには、トランプを大きく扱うわけにはいかなかったのだろう。彼らの活動には、そんな風にみえてしまう脆弱さがある。
パリ協定では反対派のインドを説得するため、ゴアの尽力の経済的合理性のある取引材料が用意される。トランプやその支援者たちについても、ただ金の亡者や無知な悪役とみなすのではなく、これまで以上の説得材料を探すべきなのだが、その点が物足りない。
不都合な真実』の原題は『An Inconvenient Truth』、『不都合な真実2 放置された地球』の原題は『An Inconvenient Sequel: Truth to Power』。ゴアはデータを使って“真実”を訴え未来への希望を語るが、ポスト真実フェイクニュースに未来への希望を託してしまう層に届く言葉をまだみつけていない。
トランプ側の声を大きく扱おうとせず、一方向からの主張に重きをおいたことで、両派が分断されたままであることがかえって伝わってくる内容だった。

不都合な真実2

不都合な真実2

『アガサ・クリスティーの大英帝国』『労働者階級の反乱』

アガサ・クリスティーの大英帝国: 名作ミステリと「観光」の時代 (筑摩選書)労働者階級の反乱 地べたから見た英国EU離脱 (光文社新書)
東秀紀『アガサ・クリスティー大英帝国 名作ミステリと「観光」の時代』、ブレイディみかこ『労働者階級の反乱 地べたから見た英国EU離脱』をたて続けに読む。後者は近年の話題だけでなくここ100年あまりの歴史をふり返っているので前者と時代はかぶる。クリスティー&観光の視点と、労働者階級@地べたの視点では、英国はえらくちがってみえる。

クイーン『世界に捧ぐ』の思い出

世界に捧ぐ(40周年記念スーパー・デラックス・エディション)(完全生産限定盤)(DVD付)

世界に捧ぐ(40周年記念スーパー・デラックス・エディション)(完全生産限定盤)(DVD付)

中学の同級生の部屋で『世界に捧ぐ』を初めて聴いた時のことは、よく覚えてる。彼は、クリスマスの時みたいに豆電球のついたコードを部屋中に這わせ、それをチカチカさせながらYMOを聴くとか、なにかと凝る男であった。
で、スピーカーを、天井近くの高い位置に据え付けていたのだ。頭の上からいきなり、あの「ダンッ・ダンッ・チャッ」で始まる“ウィ・ウィル・ロック・ユー”の音が降ってきた時には、そりゃ、たまげましたよ。

美森まんじゃしろのサオリさん (光文社文庫)

大野雄二と市川崑の金田一耕助シリーズ

犬神家の一族

犬神家の一族

来年4月、『犬神家の一族』、『人間の証明』、『野性の証明』という初期の角川映画3作を彩った大野雄二の音楽のコンサートが開かれる。各作品のハイライト映像をスクリーンに流し、オーケストラが生演奏するという。生まれて初めて自分のこづかいで買ったレコードが『犬神家の一族サウンドトラックのLPだった私としては、当然、チケットを買った。
http://amass.jp/95947/


角川映画3作のサントラで注目された大野は、第2シリーズ以降の『ルパン三世』の音楽も担当したことでも知られ、今では名匠とされている。
彼の成功の出発点になった『犬神家』サントラは、毎日映画コンクール音楽賞を受賞するなど評価されたし、ダルシマーの印象的な音がメロディを紡ぐテーマ曲“愛のバラード”はよく知られている。だが、監督の市川崑は、大野の音楽が気に入らなかったらしい。サントラ・アルバムを聴いて『犬神家』を見れば、いかに市川が大野の音楽を忌避し、遠ざけたかがわかる。

Keyboard magazine (キーボード マガジン) 2017年10月号 AUTUMN (CD付) [雑誌]

Keyboard magazine (キーボード マガジン) 2017年10月号 AUTUMN (CD付) [雑誌]

「キーボード・マガジン」2017年秋号の「特集 映画音楽の技法」には大野雄二のインタヴューも掲載されていた。そこで彼は語っていた。

監督の市川(崑)さんが“こんなのイヤだ”と言って映画ではあまり使われていないのもあって(笑)。

(※引用者注:映像に合わせて演奏するやりかたを語ってから)でも、サントラ・レコードはそうじゃくなくて、『犬神家の一族』の、僕のイメージ・アルバムなんです。テーマ音楽だけは画に合わせて作ってるんだけど、レコードは監督の指示で作っていない分、もっと音楽的に作れる。

市川が大野の音楽を気に入らなかった話に関しては、同誌以外でも目にしたことがある。テーマ曲のモチーフを場面の雰囲気にあわせて変奏するなどして、大野はメロディを重視し、音楽だけ独立しても聴けるという意味での完成度が高い曲を作っていた。それに対し、市川はもっと抽象的な音を欲したらしい。
2人の感覚のズレは、『犬神家の一族』で初めて金田一耕助が登場する場面の音楽の使いかたに現れている。金田一が歩いてくるバックで、ベースのリフを中心とした音楽がほんの短い時間だけ流れる。だが、それをアルバムで聴くと、ピンク・フロイド“エコーズ”をなぞったような構成でドラマチックに展開する7分半の曲“怨念”のなかの一番地味な部分なのである。音楽に映画の部品であることを求める監督としては、作曲家として大野が嗜好する完成度や様式としてのまとまりが邪魔だったのだろう。

悪魔の手毬唄総劇伴集

悪魔の手毬唄総劇伴集

市川崑金田一耕助シリーズ第2作『悪魔の手毬唄』で音楽を担当したのは、村井邦彦だった。前作の大野の音楽が注目されただけにやりにくかっただろうが、バンジョーを使った“哀しみのバラード”は、中年の悲恋をポイントにした物語の内容によく似合っていたし良い曲だったと思う。なのに、シリーズ第3作以降のサントラは田辺信一に代わってしまい、彼の音楽は印象に残っていない。
カネボウとのタイアップで作られた『女王蜂』の主題歌は、三木たかし作曲、田辺信一編曲。テレビCMで流されていたが、横溝的世界には違和感のあるポップスだった)

愛の女王蜂 [EPレコード 7inch]

愛の女王蜂 [EPレコード 7inch]

市川崑金田一シリーズの音楽についてどう考えていたのか。彼のインタヴュー本をめくっても記述がみあたらなかった。だから、最近刊行された『市川崑悪魔の手毬唄」完全資料集成』に期待したのだが、同書にはそもそも音楽を主題にした記事がなかったのであった。ああ。

市川崑「悪魔の手毬唄」完全資料集成 (映画秘宝COLLECTION)

市川崑「悪魔の手毬唄」完全資料集成 (映画秘宝COLLECTION)