ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

『ファウスト Vol.4』

11月15日付けの文学フリマの雑記と同様、読み終わったものに関し、気が向いたらその都度感想メモを追記するかもしれない。ほかの本と並行して読んでるので、なかなかこの厚さを終えられない。自分、読むの遅いし……。

第一特集 文芸合宿! Live at 『ファウスト』!!

ライブ競闘小説“五つの上京物語”
  • 乙一「子供は遠くに行った」――やっぱり、一番いい。上京した恋人の浮気を疑って、女の子がストーカー的に監視する話である。彼女はちょっと離れた場所から彼を見つめつつ携帯では話すのだが、直接会って問いただす勇気がない。この距離感は、乙一のデビュー作「夏と花火と私の死体」ISBN:4087471985 に近い。女の子の一人称で書かれているのが共通しているし、デビュー作では彼女が殺された幽霊であり生者に話しかけても聞こえない設定だった。語り手が相手と会話できないのも同じなわけだ。この文芸合宿でお題を与えられ、限られた時間で仕上げなければならない状況になって、デビュー作以来の得意パターンを無意識のうちに選択したのだろう。乙一には『さみしさの周波数』ISBN:404425303X集があったが、登場人物間の話の周波数があわなくて、互いの思いがズレていくのを物語らせたら天性のうまさがある。
  • 北山猛邦「こころの最後の距離」――設定(「ココロ」と「メモリ」)や構成(時間の逆順)は面白い。
  • 佐藤友哉「地獄の島の女王」――少年三人と奇形の少女がたどり着いた孤島でのお話。彼らにあった奴隷−女王の関係が、閉ざされた環境で内圧を高めたらどうなるのか、という展開。夢野久作「瓶詰地獄」を連想するのが正しいのだろうが、僕は、「新潮」2004年1月号に掲載された桐野夏生の短編「東京島」を思い出した。こちらも孤島で小共同体の生活が寓話的に書かれていたのだが、女不足のなか女王的に扱われる中年女がいて、中国人集団もいて、という内容だった。島内部での政治力学の描かれ方など、もちろん、両者ではまるで違う。だが、「新潮」新年号の短編特集には、佐藤友哉も「欲望」(学校で銃を乱射する話)を寄せていた。上京の途中で島に漂流する「地獄の島の女王」と“東京”島という類似も含め、ただの偶然とは思えない(「東京島」の続編「男神」が掲載された「新潮」04年6月号=創刊一○○周年記念特大号にも、佐藤は「死体と、」を書いていた)。佐藤と桐野では、性別もキャリアも作風もなにもかも違うが、純文学雑誌に最近よく登場するエンタテインメント出身作家である点は共通している(二人をよく登板させる「新潮」矢野優編集長と太田克史編集長の対談が「ファウスト」今号には掲載されている)。例えば、桐野『OUT』ISBN:4062734478レーにもられたご飯をたいらにならすパート主婦と、佐藤『水没ピアノISBN:4061822411ッテリー裏のシールを貼り直すバイトをするフリーター青年を強引に比較したりなどすれば、それはそれでバブル崩壊後の日本の奥行きを素描できる気もする。そんな原稿依頼を僕に下さい(笑)。
  • 滝本竜彦「新世紀レッド手ぬぐいマフラー」――競作のなかでは最も古典的な「上京」のイメージに近い。その分、登場人物を、自分の演じていることに自意識過剰になっている存在に描き、神経の病み方で現在性を表現しようとしている。でも、考えてみればその手法は、約30年前に、つかこうへいが『熱海殺人事件ISBN:4041422140もある。あれも、“田舎者”に過剰な演技をさせる内容だった。その意味では、滝本の短編は伝統的なものだともいえる。
  • 西尾維新「携帯リスナー」――たまたま携帯で受信してしまったラジオ番組にはまってしまう青年の話。80年代に小林恭二『電話男』ISBN:4894567059、タイトルからは電話がテーマとしか思えない作品があったが、実際に読むと、ラジオのDJに近いスタンスをとって電話で喋ることに耽溺してしまう人たちの寓話だった(作中ではあくまで電話の話として書かれていたが、ラジオ的な構造のコミュニケーションが表現されていたのである)。そして、小林が、電話−ラジオの中間的状態を設定することで80年代のコミュニケーション意識をとらえたように、西尾「携帯リスナー」は、ラジオと携帯電話の中間的状態を通してある種の心性を射抜いている。それは、一対一、一対多という明確に違うはずの二種類のコミュニケーションの間を求めるような感覚のことだ。
ライブ・リレー小説「誰にも続かない」乙一 → 北山猛邦 → 佐藤友哉 → 滝本竜彦 → 西尾維新

このメンバーの合作なのに、わりとまとまっているのが不思議。高校の文芸部を舞台に、作中の作品を誰がどう書いているのかをめぐってストーリーが展開するメタもの。乙一は作中のペンネームのつけかたは綾辻行人十角館の殺人ISBN:4061849794っているが、内容がテキストの権利争いになっている点では、このリレー小説はむしろ折原一作品に近いかも。また、文芸合宿最後の講評会では、参加作家、太田編集長とともに東浩紀が出席していた。その東と関係の深いほしおさなえのミステリ・デビュー作『ヘビイチゴサナトリウムISBN:4488017010、やはりテキストの権利争いだったのを思い出す(とはいえ、乙一がそれを念頭においてリレー小説の初期設定をしたとは思わないけれど)。(この項、12月7日追記)
ファウストvol4 (講談社 Mook)

Editor×Editor「1years vs. 100years」(矢野優「新潮」編集長×太田克史編集長対談)

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