ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

『〔冲方式〕ストーリー創作塾』

冲方式ストーリー創作塾
マンガの世界と同じく、作家にアシスタント制度を導入しよう――てなことは、昔からギャグとしては語られてきた。それを実際に推進している冲方丁による小説入門書。
他人の作品を引用し一般論で語るのではなく、冲方本人が自作をどのように書いたか紹介する形である。なので、歌舞伎役者などが自分の経験やコツを開陳する“芸談”を読むような、体感に基づいた具体例ゆえの臨場感があって面白い。
また、能書き・種書き・骨書き・筋書き・肉書き・皮書き――といった下書きの各段階について説明した部分、「説得力がない」「意外性がないよ」「感情移入できない」などの編集者のツッコミにどう応じるか項目ごとに対策を示した部分など、冲方は創作に関する考えかたが明確だし、話を整理しわかりやすく説明することにも長けている。かつて、手塚治虫のマンガ入門書が創作を志す者に大きな影響を与えた時代があったように(『マンガの描き方』ISBN:4334722636)、ライトノベル作家志望者にとって冲方のこの本がバイブルになっても不思議ではない。


本書には『マルドゥック・スクランブルISBN:4150307210、『カオスレギオンISBN:4829116773、『蒼穹のファフナーISBN:4840229112メモやプロットが公開されている。これで思い出したのが、以前「ユリイカ」増刊号などで写真が公開されていた村上龍のメモ類。アイデアの走り書きやプロットの立てかたにおいて、龍のメモ類は冲方のそれとノリが近い。中島梓が『半島を出よ』を「超重量級のライトノヴェル」と評していたが(「小説トリッパー」2005年夏号。まぁ以前から大塚英志村上龍の「キャラクター小説」性を指摘してはいた)、メモ書きをみるとラノベ性を納得してしまう。
村上龍冲方丁に共通しているのは、小説の技術面だけではない。『ストーリー創作塾』において冲方は、『カオスレギオン』の創作動機をこう記している。

問題は、「難民」というテーマでした。
(中略)
僕はもう、それが書きたくて仕方がなかった。
(中略)
人がこれまで最も互いに奪い合ってきたものこそ、土地なのです。全ての国境線には歴史や政治や経済や国民感情が、複雑に絡み合っている。これほど根深いテーマは、滅多にない。
何とかして、土地について書きたかった。

この企画を聞いた担当のラノベ編集者は「難民」というテーマ、「民」が主人公であることに難色を示すが、冲方は創作上の工夫をすることで、(10代の読者を想定しつつ)あれこれの課題を攻略していく。こうしたテーマ設定と創作術のバランス(及びこれらのことに関する自己言及)は、村上龍が『半島を出よ』発表で示していたことでもある。
そして、「難民」というテーマをエンタテインメントとして成立させるのに、ファンタジーという器が有効に使えるという冲方の判断は、“日本人難民”をテーマにしようとして『日本沈没』を考え出した小松左京のSF作家としての体質の末裔だと感じられる。こう考えると、冲方が『マルドゥック・スクランブル』で日本SF大賞を受賞したこともうなずける。