ENDING ENDLESS 雑記帖

文芸・音楽系文筆業=円堂都司昭のブログ

ほしおさなえ『天の前庭』

天の前庭 (ミステリ・フロンティア)
大下さなえ名義の「くらげ」という詩を、誰かの引用で読んだのが、著者の作品に触れた最初だった。彼女のいくつかの詩は、ここで読める。
http://homepage1.nifty.com/kyupi/
彼女の詩は、つかみどころのないイメージを、つかみどころのないまま手応えのあるものに変えてみせる点が、チャーミングだ。


『天の前庭』は、ドッペルゲンガーやタイムスリップのモチーフを用いたSF的ミステリ。話を複雑にしすぎてどんな結末にしたらいいのか著者自身がやや混乱気味にみえること、終盤になって謎の形がはっきりしてくることなど、前作『ヘビイチゴサナトリウムISBN:4488017010っている。また、『天の前庭』では、記憶喪失のヒロインが見つけた自分の日記の信憑性が問題となる。このことは、『ヘビイチゴサナトリウム』において、作中小説の作者が誰なのか問われていたことを思い出させる。
ミステリとして“謎−解明”の道筋が絞られていくことよりも、作中に登場するテキスト群をめぐり解釈が多層化する幻惑感のほうに、長編小説家ほしおさなえの本領はあるのだろう。そう読んだほうが、楽しめる。ミステリとしてみた場合の混乱も、幻惑的な小説としてみれば逆にプラスに転化する部分がある。なんとも、悩ましい体質の作家である。


主人公が若い女性であること、社会の暴力増幅装置としてネット掲示板がデフォルメされていること(「天の前庭」と「天の声」)、青春ミステリ風の見かけ、現実と幻想の混交、アルマゲドン、分身、セカイ系、身体変容感覚、メタ構造など、『天の前庭』に含まれる要素の多くは、舞城王太郎阿修羅ガールISBN:4104580015のだ。東浩紀「メタリアル・フィクションの誕生 動物化するポストモダン2」(「ファウスト」で連載された)あたりを媒介に、『天の前庭』と『阿修羅ガール』を比較してみるのも一興だろう。
ところで、『阿修羅ガール』の女子高生一人称によるあけすけなエロ表現に比べると、『天の前庭』の高校生たちは“健全なグループ交際”ですね。